哲学的思考の無意味さ「「それ、意味あるの?」という思考・質問は意味あるのか?」

  • 2021年1月8日
  • 2021年1月20日
  • 哲学
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どうも、武信です。(No1001)

 

突然ですが、僕は過去、「それ、やっていて意味あるの?」とよく聞かれました。

 

また、僕の境遇を知っている元知り合いからは「そんな境遇で死にたくならないの?」「なぜ、我慢しているのですか?」なんて質問もよく言われました。

 

僕はそういう質問を受ける度に、この人は「人の気持ちが分からない」、正確に言えば「我慢強い性格の人の気持ちが分からないのだな」と実感していました。

 

今回のテーマについて、興味がある人は続きをお読み下さい。

 

 

1 「それ、やっていて意味あるの?」という思考・質問は意味あるのか?問題。

 

まず、「それ、やっていて意味あるの?」という思考・質問は意味あるのか?問題について述べていきます。

 

僕は明確な目的が定まっていない時期でも、とりあえず、毎日、地道に積み上げることをしています。

 

理由は何もしないよりはマシですし、いずれ役に立つときが来るかもしれないからです。

 

何があとで役に立つか、または結びつくかは分かりませんし、予測できず、人生において意外なところで役立つこともあるのです。

 

しかし、このことをわからないか、または成果をすぐに欲しがる人からは「それ、やっていて意味あるの?」と散々、言われました。

 

まぁ、やることの意味を問うことが大事な場面もあります。

 

それは起業やフリーランスなどの世界です。

 

裁量権が自分にかなりあり、無駄を極力なくし、生産性を名一杯上げて勝負するためには、意味のあることをしなければなりません。

 

成果につながらない意味がないことをやっていたら、他人や他社に負けてしまいます。

 

僕も、「やっていて意味がない不毛なこと」はなるべくやりたくありません。

 

例えば、過去でいえば、大学受験(文系)の試験なんて無駄の塊です。

 

しかし、当時は大学受験の無意味さを知らなかったのと、世間の皆が大学に行く風潮があったので、大学受験の勉強をそこまで疑問に思わずやっていました。

 

今なら、大学受験(文系)において、一番役立つ科目は「1位 小論文」「2位 英語」「その他(国語、世界史などの歴史科目)は役立たない」と明言できます。

 

というより、今だったら、大学受験を本格的に勉強するより、小論文だけ勉強し、現代文は用語漢字だけ勉強し、英語は英検やTOEICなど民間試験の勉強をし、歴史科目は市販の本だけで済まして終わりにすると思います。

 

そして、数学プログラミング市販の本(ビジネス書含む)やブログをやると思います。

 

これが最も無駄がないコンテンツであり、勉強過程だからです。

 

話を戻します。

 

最近、やっていて不毛な作業だなと思うのが、リライト作業ですが、これは長期的に見たら、僕のためになるので、やっています。

 

対して、やることの意味をあまり問わない方がいい場所もあります。

 

大企業や中小企業などの会社勤務、公務員です。

 

これらが求める人材は、「忠実に素直に、言われたことをちゃんとこなすソルジャー(兵隊)人材」なのです。

 

裁量権もあまりなく、理不尽なことにも文句をあまり言わず、真面目にこなす人を求めます。

 

こういう世界で、「それ、意味あるの?」思考でいて、いちいち反発していたら、当然、邪魔者扱いされます。

 

だからこそ、「それ、意味あるの?」思考の人は、大企業・中小企業などの会社勤務、公務員などの道には行かない方がいいのです。

 

仮に、そういう道に行くしかないとしたら、僕が20代だったら以下の戦略を採ります。

 

● 僕がMARCHの新卒で、ホワイト企業へ入れるとしたら。

 

ホワイト企業に入り、副業をし、いずれ独立を目指します。

 

いきなり新卒フリーランスや独立を勧める人もいますが、僕はお勧めしません。

 

まずはホワイト企業に入り、盗めるモノは全て盗み、活用できるモノも全て活用します。

 

いずれ辞めるのが前提なので、副業OKな会社に入り、スキル向上に勤しみます。

 

スキルが向上したら、会社での成果も出しやすくなるでしょうし、副業が軌道に乗ったら、独立を考えます。(まだ独立できるスキルがないとしたら、転職もありでしょう)

 

そして、いつでも辞める覚悟があるので、交渉権もこちらにあります。(会社にしがみつくつもりがないので、強く出られるのです)

 

また、独立できるほどのスキルが身についたのなら、いろいろな会社にまた就職し、戻ることも可能でしょう。

 

「生涯安泰な場所などない」が僕の持論であり、ホワイト企業も例外ではありません。

 

フリーランスはかなり不安定ですが、大企業も不安定だと思いますから、やはりスキル向上が一番の安泰なのです。

 

どこでも食っていけるスキルがある方が安心しませんか?

 

● 日東駒専以下の大学で、ホワイト企業に入れず、中小企業に入るとしたら。

 

僕なら、スキルを磨ける中小企業に入ります。

 

IT会社なら、プログラミング、ライティング、Webマーケティングなどスキルが向上できる会社を選び、修行の期間とします。

 

中小企業なら、おそらくブラック企業が多いと思われるので、「副業は厳しい」と思っておくべきです。

 

なので、仕事の片手間に副業という意識は難しいので、「スキル向上と会社での仕事がイコールなところ」を選ぶのです。

 

もちろん、副業がOKな会社なら副業をします。

スキルが身についたら、転職するか、辞めます。

 

独立前提なのが、僕の人生戦略です。

 

「生涯安泰な場所はない」からです。

 

もちろん、20年以上も会社にしがみつき、忠実なソルジャー(兵隊)として、裁量権もそれほどなく、ずっと働きつけられるなら、その方が楽なら、独立など目指さず、会社員のまま生きてもいいと思います。

 

ですが、そういう生き方をしていると、40歳以上になって突然、会社からリストラされたとき、行く場所がないかもしれません。

 

仮に転職できたとしても、待遇が悪い会社でしょう。

 

これは、極論を言えば、アリとキリギリスの話に似ています。

 

アリは長年、事前に周到に準備し、貯蓄し、スキルを高めてきました。

 

一方、キリギリスは、準備をほぼせず、その場しのぎで、適当に生き、スキルを磨いてきませんでした。

 

で、社会が激変し、リストラの嵐の時代になったら、果たしてアリ側は、キリギリスを助けたいと思うでしょうか?

 

アリ側は、何十年も前から、備えており、地道にコツコツ努力を重ねていたのに対し、キリギリスは何十年も前から、適当に生き、散財し、アリほどは努力を積み重ねてきませんでした。

 

アリ側からしたら、キリギリスは自業自得としか思わないでしょう。

 

まぁ、とはいえ、日本の世の中では、こんな適当なキリギリスも生活保護などで救われる可能性が残っているのですけどね。

 

とはいえ、ベーシックインカムなどにして、キリギリスは最低限の生活しか送れなくなることも充分、予想できます。

 

こんな悲惨な未来になるのなら、「アリ側の人生を生きた方が良くないですかね?」って話です。

 

話がかなり脱線しましたが、「それ、意味あるの?」という思考・質問は意味はありますが、それを徹底するのなら、「普通には生きられませんよ!」(フリーランスか起業という道しかない)という話でした。

 

2 「そんな境遇で死にたくならないの?」や「なぜ、我慢しているのですか?」という質問をする人の「我慢強くない性格」「弱い性格」について。

 

次の話題に移ります。

 

僕は、過去、僕の境遇を知る元知り合いから、「そんな境遇で死にたくならないの?」「なぜ、我慢しているのですか?」という質問をかなり受けました。

 

僕は適当に受け答えしていました。

 

現実に、「死にたいと思ったことは一度もない」ですし、「僕のかなりの我慢強さの性格を相手が理解できるとは思えなかった」からです。

 

すぐに弱音を吐く人は我慢強くありません。

 

「そんな境遇で死にたくならないの?」や「なぜ、我慢しているのですか?」という質問をする人は、我慢強くないからこそ、僕の心理状態、僕が長年、耐え続けているのが疑問なのでしょう。

 

正直、僕は「環境上、そうせざるを得なかった」というのが答えになります。

 

僕が我慢強くなかったら、とっくの昔に、この境遇に切れており、騒動を起こして、周りに迷惑をかけていたことでしょう。

 

ですが、僕は我慢強い性格だったので、それを選ばず、この環境の中、できることをしようと思いました。

 

今、「コロナで篭もるのが耐えられない!」などと喚いている人がいますが、僕からしたら、コロナ以前から、ずっと引き篭もり状態の生活なわけで、「コロナ後と前で、そこまで生活が変わっていない」のです。

 

僕がこの環境下で選んだ行動は以下でした。

 

1 大量のインプットとアウトプットをする。(読書やYouTube、ブログなど)

 

2 運動や健康に気をつける。

 

3 娯楽や恋愛などを捨てる。(僕の境遇上、無理だと思っていた)

 

僕と同じ境遇にいて、ある人はゲーム廃人になる人もいるでしょうが、僕はそうはならず、生産的なことばかりしてきました。

 

つまり、いずれ金につながる行動ばかりです。

 

大量のインプットとアウトプットはまさに該当しますし、運動や健康に気をつけることは生産性の高い人になるための必須事項です。

 

そして、極めつけは娯楽(ほとんどしていませんが、一時期、たまにのテニスと将棋をやっていました)をほとんどせず、恋愛もほとんどしてこなかった点です。

 

「僕の境遇(引き篭もりで、経済力なし)では、娯楽なんてしている暇はない」と思っていましたし、「恋愛もできる身分ではない」と思っていました。

 

正直、「過去、幸せだったか?」と言われたら、「まったく幸せじゃなかった」と断言できます。

 

しかし、環境上、「幸せじゃないからといって、何かできますか?」って話です。

 

文句や不満をいくら言っても現状は変わりませんし、「自分は幸せじゃない」という素直な感情を受け入れたからといって、何かいいことがあるわけでもありません。

 

だったら、そういう負の感情に蓋をし、あえてスルー、見てみぬフリをし、鈍感にし、生産的なことに目を向け、地道に努力した方がマシということになります。

 

「そんな境遇で死にたくならないの?」や「なぜ、我慢しているのですか?」という質問をする人は、僕に何を期待していたのでしょうかね。

 

それを認めて、受け入れたからといって、人生、何か変わるのでしょうか。

 

「死にたくはならなかった」けど、ずっと不幸だとは薄々感じていましたし、敢えて見見ぬフリをし、鈍感にしていましたし、我慢をずっとしていたのはそうせざるを得ない環境だったからです。

 

正直、僕に莫大な金があったら、やりたいことは以下のようにあります。

 

1 恋愛や結婚。

 

2 妻とのデート。

 

3 グルメ。(頻繁に行くわけじゃないけど)

 

好きな人と一緒にいたい欲求はありますし、恋人も作りたかったですが、諦めていました。

 

「大量のインプットやアウトプットは好きじゃないのか?」という意見には「どちらでもない」と答えます。

 

ライティングは好きでも嫌いでもなく、苦痛度が低いからこそ、長年、続けられて、特技になったと思われます。

 

読書も面白い本ばかりではないですし、アウトプット前提(要約や書評を書く)で読んでいるので、娯楽というよりは勉強に近いです。

 

読書もライティングも、肉体労働や感情労働(接客や営業など)に比べたら、格段に苦痛度が低く、どうせ苦しむのなら、頭脳労働の方がマシだからこそ、こうやって長年、続けてきたのです。

 

さらに、「満員電車に乗るよりはマシ」「嫌な上司や煩わしい人間関係に巻き込まれるよりはマシ」など、負の感情をバネに頑張る場合が僕のケースでは多いです。

 

「幸せになりたい」「金持ちになりたい」「有名になってモテたい」などプラスの目的で頑張れるタイプじゃないのです。

 

週に3回、毎回1時間も歩いているのも、「これ以上、太りたくないから」という強烈な負の感情です。

 

僕の場合、運動が一番、苦痛度が高いのですが、「これ以上太るぐらいなら、歩いた方がいい」と判断しているからこそ、続けられているのです。

 

英語の勉強も、「何かあったときに、海外にいつでも脱出できるようにしておこう!」という負の感情からです。

 

あとは、間食を辞められないのも、不幸だからであり、甘い物を欲するのも満たされていないからなのでしょう。

 

チョコを食べているときに幸せをかなり感じます。(それくらいしか幸せがないのです)

 

で、僕が本当に純粋に心から楽しめるのは上記の3つなのです。(好きな人と一緒、デート、グルメ)

 

ところで、安倍は国会に呼ばれたりしていたのにも関わらず、週刊紙情報ですが、何か美味しいモノを食べたりしていたようですね。

 

いい身分ですね。

 

僕が、のたうち回っていた間、僕が苦労をして生み出したアイデアをパクリ、政策に反映させようとしたり、僕の貴重な6年間も無駄にさせたのですからね。

 

正直、安倍が議員を辞めるか、選挙で落とされて、一般人になることを切に願います。

 

一般人になり、ただの人となった状態でビジネスなどで再起したら、「見事だ!」と認めるでしょうが、政治家のまま居座ったとしても、僕はまったく認めませんし、むしろ害虫だと思っています。

 

まぁ、今、不幸な人も満たされていない人も、それを認めて、味わったとしても、何か特別、人生が変わるわけではありません、と言いたいです。

 

人生を変えたいなら、地道にコツコツ、アリ側の人間になって生きるしかない、と僕なら思います。

 

小さな積み重ねも、10年経ったら、相当な差になっていますからね。(もはや普通に追いつけないレベルです)

 

その時になってから、後悔しても遅いのです。(あの時、もっと勉強しておけば良かった、努力しておけば良かったなどですね)

 

まぁ、勉強だけの人も、恋愛や娯楽をしておけば良かった、と後悔はあるので、全てを手に入れるのは意外と難しいのかもしれません。

 

ではこの辺で。(5836文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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