コミュ力とは?「人には二面性、多面性がある」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No583)

2017年の記事です。

まず、以下の記事で、統計学などの話をしています。

「個別指導、個別コンサルティングを求める人達 」

https://hontonomedia.com/benefitsofindividualguidancepeopleseekingindividualguidanceandindividualconsulting/

8 一般論と特殊解、主観と客観の話。

19 特殊解の事例とメディアの話。

20 大学受験では論理を重んじ、さらに発展させた統計学の話。

23 メディアの弱点と、個人の最強の教育法とは何か?という話。

それに関する一連の有料文章が以下です。

21と22は抜けてましたが、今回、放出します。

前回の記事も読んだ上で、今回の文章を読むと、つながっているので分かりやすいと思います。

興味がある人は、続きをお読みください。

有料noteからの抜粋が一部、入っているので有料系ですかね。。。 

「人生観を超速で広げよう」からの抜粋記事ですね。

「人生観を超速で広げ、有利に生きよう」

https://note.mu/generalisttake/n/n83ff2894b0f4

1 21 コミュニケーションの達人は特殊解を用いているという話。

コミュニケーションの達人は、おそらく、人それぞれで態度や対応を変えているのだと思います。

特殊解がそれぞれ違うので、その人に合ったアドバイスや態度をとるのでしょう。

外交的な人は、首尾一貫しているので、それぞれに態度を変える人は少ないようです。

そもそも、外交的な人は、分析や思考をそれほど重んじないので、人間のパターンをデータ的に保管していないと思います。

コミュニケーションの達人は、内向的な人なら、本や経験などから、深く思考し、人間のパターンを集め、それぞれに合ったアドバイスや態度を取ると思われます。

誰にでも、同じ態度じゃないのです。

外交的な人からは、「人によって態度が変わる」と悪口を言われる場合もあるかもしれません。

データや論理を基にした統計学は強い武器であり、個別のオーダーメイドも可能となれば、相当応用範囲が広いと言えるでしょう。

2 22 多重人格の話。

前回の続きです。

コミュニケーショの達人は特殊解を用いて、人それぞれで態度を変えるということは多重人格(病気の話ではなく)の持ち主とも言えるでしょう。

人間は、いろいろな顔があります。

仕事や職場での顔、プライベートの顔(同性、異性で異なる)、親としての顔、その他です。コミュニケーションが下手な人は、例えば、職場での顔を、プライベートに持ち込んでいると推察されます。

厳格で厳しい仕事の鬼のような人が、プライベートでもそれを使ったら、嫌がられるでしょう。

親としての顔で子育てをしないといけないのに、プライベートの顔で接しすぎてしまい、子供に甘くなるのもマズいです。(友達親子という話です)

仕事の場なのに、プライベートを出し過ぎると、距離が近すぎます。

このように、いろいろな顔を使い分けている人が、コミュニケーションの達人です。

さらに、上記のような大まかな分類だけでなく、さらに一人一人の性格を見抜いて、態度を変えられたら、神の領域でしょう。

この行為は、精神力をそれなりに消耗するので、普段からの鍛錬が必要です。以上、ここまで。

3 僕がコミュ力が低いとある人に指摘された訳。

 また、以下の記事でコミュ力について述べています。

「コミュ障嫌いというひろゆき自身がコミュ力ないと思う」「同上 2」

https://hontonomedia.com/whatiscommunitypowerithinkhiroyukiwhodislikescommunicationdoesnothavethepowertocommunicatepart1/

https://hontonomedia.com/whatiscommunitypowerithinkhiroyukiwhodislikescommunicationdoesnothavethepowertocommunicatepart2/

https://hontonomedia.com/whatiscommunitypowerithinkhiroyukiwhodislikescommunicationdoesnothavethepowertocommunicate2part1/

https://hontonomedia.com/whatiscommunitypowerithinkhiroyukiwhodislikescommunicationdoesnothavethepowertocommunicate2part2/

僕自身は、今までの経験上、コミュ力は高い方だと自負しています。

しかし、ある人から、コミュ力が低いと指摘されました。

なぜ、こういうことが起きるのでしょうか?

それを説明する前に、人には2種類のタイプがいることをまず書いておきます。

1 人によって、ほとんど態度を変えない人。いわゆる、分かりやすい人。例。マツコ・デラックス。

2 人によって、柔軟に態度を変える人。いわゆる、分かりにくく、人によっては八方美人と見られるかもしれません。カメレオン人間。

上記の有料記事にも書きましたよね。

人は、ある程度、場面、人、役割によって態度を変えます。

親、上司、プライベートなど様々な顔を持っています。

話を戻します。

なぜ、ある人からは僕のことがコミュ力が低く見えたかというと、その人の前では他の人と上手くやっているやり方で接していなかったからです。

なぜかというと、僕を怒らせるようなことをしたからです。

人を怒らせる発言として、批判があります。

論文や議論の場では、欧米では批判は別に、「人格の否定」とまで捉えられませんが、日本では違います。

批判は「人格の批判」とまで捉えられてしまうのです。

だからこそ、誰かの言説などを批判する場合にも、非常に細やかで慎重な物言いが求められます。

もちろん、仕事場などでは上司はその権限から、乱暴に批判、指摘してくる人もいるかもしれませんが、プライベートで同じことをしたら、嫌われるでしょう。

それをやってきたから、僕が聴く気がなくなっていたのです。

僕のブログ記事について、何か指摘をするというから、聞こうと思ったら「かなりの部分で変なことを言っているとか、間違いがある」と言い出したのです。

それの1つを聞いたら、データで統計的に分析していないからというものでした。

僕の言い分は、データで統計を取っていない部分は仮説であるというものです。

もちろん、サンプルは少ないですが、ある体験談や本の知識などにより、自身の勘や直観や審美眼で、仮説を立てています。

それの実証は僕には資金力も力もないのでできません。

しかし、僕の今までの経験上、かなり仮説は当たっていることが多かったのです。

そして、その人の言うことも仮説であり、僕も仮説なのですから、お互いにイーブンであり、どっちもどっちと言ったりして揉めました。

さらに、相手は前から、僕の主張なんか、ありふれているし、当たり前のことばかり言っているといいます。(だったら、僕のブログなんて読まなければいいのにと思いますよね)

それへの反論は僕は、ツッコミとボケなら、ツッコミ(後付けの批判)の方が簡単だと言うものです。

骨格(ボケ)を作る方が大変なのです。

だったら、その人に「骨格を作ってみろよ」と言ったら、「仕事で時間がない」とか「評論家の存在が意味を持たなくなる。批判すらしてはいけないのか」と言い出すので、僕は評論家よりプレイヤーのほうが価値があるのが基本であり、評論家の立ち位置として、「僕の主張は精度があります」というだけに留めておくのが無難だというものでした。

これらの話は、以下の記事で書いています。

「世の中は確率論」

https://hontonomedia.com/theworldisprobabilitytheoryaboutbokehandtsukkomi/

「だったらお前がやれ!」という意見について」

https://hontonomedia.com/theoryandpracticeastorysayingwellyoucandoit/

4 僕の個人体験。

「言い得」という言葉もあります。言うだけだったら無料なのです。

「自分には簡単にできる」という割には、「時間がない」などの言い訳で、実証しないのなら「言い得」です。

そんな甘い言葉を許すわけにはいきません。

このように、その人は僕を怒らせるようなことばかりしてきて、うんざりだったわけです。

たぶん、僕じゃなくても、普通のプロブロガーでもこのようなことを言われたら、「お前、何様だよ」と交流を断たれるレベルです。

話を戻しますが、ブログの感想、指摘は僕は役立つ意見なら、取り入れる姿勢が基本です。

以下の記事でも書いてます。

「的確な指摘をしてくれる人は貴重な存在である」

https://hontonomedia.com/areyougoingtobeanakedkingapersonwhogivesanaccurateindicationisprecious/

ですが、モノには言い方があります。

その言い方が毎回、きついので、僕の神経を逆なでさせたのです。(さらに的確度は3割を切っており、反論も面倒くさかったのです。「なるほど!」と納得するような意見や、質問をほぼしてこないのですからね)

次に、同じことを何度も言わせることに、僕は嫌気が指していました。

僕の進路は今は不確定だと、何度も言っているのに、それについて聴いてくるのです。

それへの毎回の答えが「まだ、分からない」ですし、その話題を何度も出されたら、さすがに、聴きたくなくなるでしょう。

この2つの要因(まだ他にもあるかもですが)により、僕が普段、別の人と話している接し方で、その人とは接していなかったわけです。

そりゃ、コミュ力が低く、見られるのも当然です。

その人への接し方は普段、僕が接しているやり方ではなかったのですから。

加えて、スカイプで初対面の人と接した場合で、その人と似たような側面を持つ人と対峙した場合、僕は2つの要因を持つ人と接しても怒ることすらせず、その場は我慢し、二度と会話することはないでしょう。

ある程度、知り合いだからこそ、怒ってあげているわけです。

初対面なら、悪い箇所を指摘すらせずにフェイドアウトです。

また、その人の概念の中に、世の中には上記に挙げた2種類のタイプの人間がいるという考えがあったかどうかです。

「人によって態度を変えている人がいるという概念」です。

そして、人が見せている一面というのはその人のほんの一部であるかもしれませんし、または二面性、多面性みたいに別の面を見せているかもしれません。

僕も、親からは「この子は、深く考える能力がない」と言われます。

僕の親にはそう見えているのです。

親自身が、人には二面性や多面性があり、僕に別の顔があることを知らないのです。

また、僕のブログも僕の執筆物で言えば、100あるうちの1ぐらいしか出していないでしょう。

つまり、ほんの一部というわけです。

ブログだけで判断されても困るわけです

他の人では、僕のことを「敬語が使えない人」と認識していた人がいましたが、僕は使おうと思えば使えるわけです。

その人には敬語を使う場面を見せていなかったら、見えなかっただけです。

5 人には二面性、多面性がある。

このように、人には二面性、多面性があるという事実を知っておくことは非常に大事です。

もしかしたら、その人が、カメレオン人間だとしたら、僕と話している会話法と他の人と話している会話法は違うかもしれないのです。

一部だけを見て、全体を判断するのは非常に危険なことです

ですが、統計学は全数調査はなかなか難しいですから、標本調査をします。

サンプルをある程度、集めて、それで判断するわけです。

視聴率などはそうです。誤差が当然、出てきますが、概ねの傾向としては当たるように設定します。

僕の初期のブログの読者はまさか、僕がここまで深く広範に学んでいるとは思いもしなかったことでしょう。

実際、過去に、僕をある程度、絶賛してくれた人が僕の学歴を言ったら、突然、拒否して消えていきました。

しかし、もう300記事近くまできましたし、これでも僕の執筆物のほんの一部だと知ったら、その人は考えが変わっているかもしれません。(ブログ自体が学歴を超えるシグナルとして発信しているつもりですから)

人間は一部だけを見て、その人のすべてを知ったかのように思いがちですが、それは錯覚なのです。

6 人には二面性、多面性があることを知らない人の具体例。

このことを知らない人は、世の中を次のように錯覚します。

例えば、スカイプの出会いの場所にいる人達は僕は変な人がかなり多い(メンヘラ率高い)と思っていますが、極端に酷い態度を取られることは稀です。

しかし、別の人にとってはその人の何かの要因によって、暴言を吐かれたりする率が上がるかもしれません。

そうなると、スカイプの出会いの場所にいる人は極端に変な人ばかりというバイアスになります。

または、昔の知り合いの例ですが、その人はモテ男であり、だからこそ、ある女性のことをどう思っているの?と聞くと、毎回「いい子だよ」と言うのです。

そのモテ男には、接する女性の多くが「いい子」に見えるのでしょう。

対して、モテない男がいたとしたら、接する女性への感想はおそらく、毎回「ヤバい子ばかり」になるでしょう。

事実、女性陣はモテない男へそういう接し方をしているのですから、その男がそう感じるのは当然です。

このように、今まで語ってきた事実を知っていれば、世の中を歪めて見ることを防げます。

例のモテる男からしたら、モテない男の「ヤバい子ばかり」という言動は「?」に感じるでしょうし、モテない男からしたら、モテる男の「いい子ばかり」という言動は「?」になるでしょう。

両者とも同じ現実を味わっています

両者とも嘘を言っていないのですが、自身の魅力などにより、ここまで食い違いが起こるわけです。

他にも、才能がある人が東大などの銘柄大学に軽く受かって「大学入試は楽だったよ」と言うのはその本人は嘘を言っていないわけです。

対して、才能がない努力型の人は「大学入試はきつかった」と言うでしょう。

そして、実際にきつかったわけで、嘘を言っているわけではありません。

同じ大学入試でも、このように感じ方に差があります。

仕事や人生にもあるでしょう。だから、食い違いが出てくるわけです。

その人の言動はその人自身の能力や魅力などにより、相手が接し方を変えたり、現実(仕事や大学受験など)への対応力が変わるなどして、両極端になるのです。

その人の言動に「?」と感じたときは、その人自身は本当に嘘を言っていない実感、リアルの体験から、そう言っている可能性があるかもしれませんので、その人自身の魅力や環境など、バックグランドをいろいろと考慮して汲み取る必要があります。

今回のテーマは深く理解しておく必要があります。

以下の記事と並んで、重要事でしょう。

「理解力こそが人生を左右するスキルである PART6」というタイトルです。

https://hontonomedia.com/whatisunderstandingseriesfinaleditiondiscussionunderstandingistheskillthatdetermineslifepart6/

ではこの辺で。(6659文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

最新情報をチェックしよう!

有料系の最新記事8件