一般論とは?&性善説と性悪説「一般論と特殊な個別論はちゃんと区別した方がいい!性悪説でもちゃんと見て、希望的観測は持たない方がいい!」

どうも、武信です。(No974)  

 

以下の記事で、「個人戦略(個人の主張)と一般論(マクロ戦略など)と事実は違う」という話をしましたが、今回はちょっと毛色を変えています。

個人戦略(個人の主張)と一般論(マクロ政策など)と事実の違い。

 

一般論と、特殊な個別論は違います。

一般論は、「ある特定の、または個々の具体的な事柄を考えないで、広く全体を論じる議論。世間に広く認められると考えられる論」とあります。

 

それに対して、個別論は「特殊な個別のその人に当てはまる論」でしょう。

 

DaiGoは、科学的根拠を基に主に、一般論に近い形で、有益な情報を提供しており、それは統計的には有意なので、「一般的に多くの人に当てはまる」という意味があります。

 

で、DaiGoは、「まずは一般的に多く当てはまる理論などから試していき、当てはまらなかったら、違う手法を試せばいい」と言っているわけです。

 

また、DaiGoは1対多の情報発信型で「広く浅く」であり、個別コンサルのように「深く、狭く」その個別の人自体を理解してアドバイスしているわけではありません。

 

だから、人によっては一般論を自分の特殊なケースに応用できない人がいて、「DaiGoの意見は役立たない!」と言う人がいるわけです。

 

つまり、大学受験で言えば参考書(多くの人に読まれることを想定。理解度や知識が違う個人個人を対象としていない)と、家庭教師(その人本人に個別に合わせた指導)ぐらいの違いがあります。

 

「このことを理解していない人が世の中には多すぎる」と僕は感じています。

理解していても、普段、忘れていることが多く、一般論と個別論をごちゃまぜにして議論していて、分かり合えないケースも多いのです。

 

今回はこのテーマについて深堀りしてい話していきます。

さらに性善説と性悪説のテーマについても語ります。

興味がある人は続きをお読みください。

 

1 一般論と個別論を普段から意識して認識、理解して使いこなせていない人が世の中には多すぎる!

以下の、西内啓さんのツイートを貼ります。

「個人的に「主語のサイズのミスマッチ」って呼んでる現象なんですが、誰かがデータとかから「(不特定多数の)○○な人は□□なことが多い傾向がある」って話した時に、「私は○○だけど□□じゃありません!」みたいな噛み合ってない話を反論ぽく言う人が出てくるの、教育とかで解決できないだろうか。」

 

「たまに自然現象の話しても、異国の社会問題の話しても、架空の物語の話しても、必ず毎回「私は以前○○という経験をして□□と感じた」みたいな具体的経験談しか返ってこない人いません?主語を自分以外のモノとか他人とか社会集団とかで考える国語の訓練をもっと学校でやった方がいいのかもしれない。」 以上、ここまで。

 

これはつまり、一般論は統計的に有意なある意味、「そういう傾向があるよ」という話をしているだけなのに、個別のその人に当てはまらないから、「私には当てはまらない!」と主張し、話が噛み合わないケースと言えるでしょう。

 

さらに、マクロ政策や全体の話や仮説の話をしたのに、「自分はこういう体験をした!」という、個別論・体験論(主にサンプル1)が返ってくるのです。

 

これは、一般論と個別論をごちゃごちゃにしており、「自分の特殊な体験以外認めない!」という視野の狭さから来ていると言えます。

 

世の中には、自分の1回の人生だけでは体験できないことが腐るほどあり、その理解が欠けている人は「自分の体験が全て」なので、「統計的に有意な多くの他人に当てはまる科学的根拠のある主張」を話されても、「自分には当てはまらない!」とピンと来ず、想像も理解もできないのです。

 

こういう人は、普段の言葉の端はしから、思想がにじみ出ています。

自分の経験こそ超重要なので、他人の価値観・思想まで想像をあまりせず、無視するか、認めないのです。 

「そういう価値観もあるよね。僕は体験したことないけど、そういう世界もあるんだね!」とはならないのです。

 

ここで、ひかりん@婚活コンサルさんのツイートを貼ります。

「一般職女子とハイスペ男子が上手くいかないケースが多いのは仕事の相互理解が難しいから。特に女性側が自分の常識が世間一般の常識だと思っているタイプだと女性側が自分の仕事の負荷と男性の負荷が同じぐらいと無意識に想定して忙しいって言ったって少しは余裕あるでしょと不満を抱えることになります」

 

「ハイスペと結婚したくて交際まではいけるけど毎回破局して結婚できない女性は彼氏が仕事で忙しく他のことに余力を回せない時期に私のこともう好きじゃないんでしょ?みたいなことを言って問い詰めてしまい疲れた彼氏から別れ話を切り出させるを繰り返している子が多いです」

 

「バリキャリ女子と普通の男性の組み合わせは上手く行かないことが多い。女性側の仕事のプレッシャーも忙しさも男性が理解してくれないから。そして理解がないから家事なども女性側に負担が行きやすく女性側はこんな生活なら結婚する意味がないと言って別れを切り出して終了になります」以上、ここまで。

 

つまり、自分の狭い価値観や体験で、相手を判断するから、問題が起こるのです。(相手への想像力が足りません)

 

他にも例えば、自分が何かのプロになれば、もう中級者以上ですが、まだ習っていない初心者であれば中級者以上の視点・視野なんか、まだ確立されているわけがないのに、「情弱だよねー」とバカにするのです。

 

それは、その人が試行錯誤して中級者以上になったからこそ、情弱から脱出して価値ある情報か見極められることになったに過ぎないのに、自分が初心者だった頃のことは忘れて、「情弱だよねー」と言うのです。

 

相手の立場・視点に立つ想像力がないのです。

僕は、初心者ブロガーのことは「まだ発展中の人」であり、「頑張ってほしい!」と思っています。

なぜなら、僕も初心者の時代がありましたがし、想像できるからです。

 

しかし、そういう視点・想像力がない人は、自分が初心者だった頃のことも忘れてますし、さらに言えば「自分の体験こそ全て」「自分に当てはまらない一般論は興味ない」という人なので、「広い視野で他人を見ることができなくなっている」のです。

 

DaiGoがなぜあれだけ儲けられているかというと、圧倒的なギバーであるのはもちろん、「自分の体験以外の、多くの悩んでいる他人にまで視野を広げて、悩みを解決してあげようとしているから」です。

 

これがDaiGoの自分の悩みだけを解決することばかり考えていたら、Dラボのようなサービスなんて出来上がりません。

 

だから、個別論ばかり考えている人は多くの顧客に刺さるサービスは作れないのです。

 

せいぜい、自分の特技で会社に貢献できる範囲内でしか、活躍できません。

「自分の悩みだけ解決できればいい」「他人の悩みなんてどうでもいい」という人は、ある意味、「顧客の悩み・解決もそこまで興味ない」まで発展する可能性があります。

 

また、誰か、メンターなどに相談をしようとする場合、相手が一般論は駆使できるのは当然として、その人自身に該当する個別論(つまり、個別コンサルや家庭教師)まで対応してくれるか?が肝です。 

その人自身に合った処方箋をしてくれない人も多いのです。

 

あとは、他人の一般論のアドバイスなどを、自分の特殊事情が仮にあるとしたら、「応用できるか?」は考えた方がいいです。

 

ツイッターのフォロワー増やし方法でググったら、「有益なツイートを定期的にしたほうがいい」「マネタイズするなら、相互フォローは無駄」など、いろいろと書かれていました。

 

ですが、僕の場合、特殊な事情(陰謀など)に置かれており、有益なツイートを定期的にしてもおそらく効果がなく、「自分から積極的に相互フォローをしかけないと認知してもらえない」と思っているからこそ、やっているのです。

 

ある意味、かなり不利な戦いを強いられていますが、仕方ありません。

 

このように、「一般論と個別論を普段から意識して理解、使いこなせている人は少ないのでは?」と僕は感じており、この記事を書きました。

ちなみに、ツイッター民のほうが、まだリテラシーが高いと思います。

 

2 性悪説でもちゃんと見て、希望的観測は持たない方がいい!

次に、僕は1週間前ぐらいに、ある人の記事をリライトし、無断で僕のブログに載せました。 

この行為自体はあまり良くないのですが、僕は「消してください!と言えば消します」と書き、載せました。

 

どういうことかというと、その人はまだ初心者ブロガーであり、僕は善意で記事をリライトし、アドバイスを送ろうと思ったのです。

実際、約2時間もかけて、リライトし、労力をかけています。

 

また、その人にメリットがあるようにちゃんと提案し、リライトし、それを記事に載せた上に、その人にツイッターで教えました。

そして、2日前に、ブロックされていることに気づきました。

 

その人は僕が送ったツイッターでのメッセージに返信をしており、そこには「リライトしない方がいい。不愉快でした」と書かれており、「余計なおせっかいをしただけだったな」と感じました。

 

なので、僕はリライトした記事を消したのですが、性善説的に「善意を感じてくれる!」なんて期待せず、性悪説的に「リライトしてほしくないかもな」と思い、番外編という扱いにして記事化していたので、すぐに消す対応を取れました。

 

やはり、性善説で希望的観測で「相手は分かってくれる!」なんて期待しない方がいい場合もあるということです。

 

ちなみに、僕の陰謀的な被害状況の記事について、被害は事実だと僕は思っていますが、そこに相手の完全なる悪意があるかどうか?は別かもしれないと思い始めています。

 

で、相手に悪意がないのなら、僕は反逆を辞めますが、それならそれで、ちゃんと対処してもらいたいです。

もう待つのに疲れ果てているのです。

人生の前半戦はとっくに終わりました。

 

3 追加情報「体験・推測・伝聞を分けて話そう・聞こう!」

追加情報も載せておきます。

 

人の話を聞く上で重要なのは、「体験・推測・伝聞を分けて聞くこと」です。

 

その人の主張する話は、その人本人による体験なのか、それとも推測(仮説など)なのか、または人から聴いた伝聞なのか、をしっかり分けて聞くのです。

 

本当は伝聞なのに体験したように話されたり、推測なのに体験したように話されたら、事実がブレますし、その意見の信憑性が弱くなります。

 

僕は大抵の場合、仮説のときは仮説と書くか、「推測している」みたいに書きます。

伝聞の場合は、例えば「DaiGoが言っていた」を付け加えたり、「知り合いの意見」など書きます。

僕が体験したのなら、そのまま体験記のように書きます。

 

こうすれば、仮に僕のブログ記事で間違った点が出てきても、伝聞の場合なら、僕の主張じゃなく、その発信元の人が間違っていたことになりますし(もちろん、それを良いと思い紹介している僕にも若干、責任があります)、推測であれば「完全には信じないでください。参考程度に」という意味合いを持たせています。

 

体験した場合は、僕が体験した場合、「こうだった!」という主張であり、体験自体は本当ですから、嘘ではありませんが、もしかしたら特殊体験かもしれず、多くの人に当てはまる一般論ではないかもしれません。

 

要は、情報受信者も、「この3つの違いを使い分けて相手の話を聞くべきだ」ということです。

 

相手が使い分けて話してくれるのなら、聞く側は「この3つについて分けて言ってくれない?」とわざわざ確認する手間が省けるので、楽ですが、言ってくれない相手なら、こちらから一々確認しないとマズイのです。

 

ではこの辺で。(5202文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

参考・引用文献。

「元知能犯担当刑事が教える ウソや隠し事を暴く全技術」

最新情報をチェックしよう!