目的・目標とは?「目的って絶対に必要なのか?と疑問符の記事を書いたが、路線変更する!」

どうも、 武信です。(No961)

 

前回の記事が以下です。

 

「目的、目標とは?」目的って絶対に必要なのでしょうか?PART1

 

「目的、目標とは?」目的って絶対に必要なのでしょうか?PART2

 

前回の記事はかなり深い考察ですが、一部、要約します。

 

目的を絞りすぎると、その他の情報が入らなくなります。

 

そうなると、僕が執筆した「フィクサーによる日本の教育改革本」「俯瞰経営学」などの執筆物は生まれなかったかもしれません。(最初から目的を持って、決まった構想通りに書いたモノじゃなく、「偶然の出会いや読書の蓄積」により生まれたモノだからです)

 

「目的と目標は違う概念」ですが、詳しくは記事をお読みください。

 

目的を絞りすぎると、創造的なモノは生まれにくいですが、ある程度の目的(方向性や、定量的な目標も)がなく行動を続けていても、目的も(目標も)不明確なので、いつまでも達成されません。(基準がないのですから)

 

僕の目的は、制約だらけであり、「単に稼ぎたい&自分の強みによって&在宅&短時間」というモノでしたので、ずっと見つからず、「とりあえず毎日ベストを尽くす毎日」を過ごしてきました。

 

今はNoCodeか、ライターが筋が良さそうだと気づいたので取り組みます。(プログラミングは以下の記事にあるように、けっこうきつい世界です)

プログラマのスキル不足、プログラマの人手不足の構造的問題とは?「ポジショントークじゃないプログラマの実態!」

 

あとは、僕の性格上、目的(例えば大学受験)を持つと、それまでの合格までの過程が消化試合のような感覚、または気負いすぎてしまい、やる気が下がり、苦痛になります。

 

それよりも、毎日努力を続けていたら、「いつの間にか目的や目標が達成されていた!」というのが理想です。

 

こういう自分の特性が分かっているので、「明確な目的・目標」を立てすぎないように僕はしています。(ある程度の方向性だけ)

 

ですが、「不確実な世界(起業)」や「僕のような制約がある目的が見つかりにくい人」は、「雑記ブログ」や「企業理念のような変化に強い大まかな目的(方向性)」は考えておき、あとは毎日ベストを尽くすと、「何かしらの成果物は出来上がるかもしれない」ということになります。(僕のブログがまさにそれです)

 

しかし、この僕の思想も、今、つまずいています。

なので、考えを改めることにしたので、記事化します。

興味がある人は続きをお読みください。(前置きがかなり長くなりました)

 

1 僕が最近、感じたこと。

「バカにバカと真っ向から言う人」「間違ったことをした人に間違っていると言う、いわゆる正論を言う人」が「1人ぐらいはいてもいい」と僕は感じます。

ですが、僕はもうそのやり方を辞めます。

 

バカは相手にしないですし、間違ったことをしても、致命的なことじゃなければスルーします。

なぜか、皆さんは分かりますか?

 

バカを変えるのは難しく、「ただ時間と労力がかかるだけ」だからです。

 

あと、間違ったことをする人がいて、致命的じゃなければスルーした方が労力が省けます。

で、もっと重要問題に割く時間を作れます。

 

つまり、大きなことをしたいならば、そんなことにかまっている時間・余裕がないのです。

 

今の政治の問題も、正直、馬鹿げたことをやっていると感じます。

中曽根氏元首相の合同葬で、税金が1億円ぐらい使われている件もそうです。

 

ですが、そこまで致命的じゃないから、もうスルーします。

学術会議の任命の件はそこそこ重要問題ですが、僕は政治には関わりたくないので、あまり深く突っ込みません。

もちろん、政治家が馬鹿げたことをしていると思いますが、ツッコむのは野党の仕事でしょう。

 

他にも、僕の周りにいるバカな人がいると仮にして、致命的なことをしてこなければ、深く解決しないですし、スルーします。

僕は明確な目標が最近、できつつあり、それに使う時間を増やしたいからです。

 

つまり、「他の些細なこと」にかまっている時間がありません。

だから、自然にスルースキルが磨かれると思われます。

 

例えば、僕の身内で、僕の意見が否定され、解決策を取れない場合でも、直接、相手に交渉して解決できるのなら、その人と交渉し、「解決してしまう!」と決めました。

で、僕の意見を否定した人には上手く対処します。

 

結局、問題解決さえすればいいわけです。

僕を否定した人のメンツは保っていもいいのです。

体裁なんてどうでもいいのです。

 

「僕の意見は的確なことが多い}と個人的には思っていますが、僕に否定的な人がいて、その人を介すると、僕の解決策が採用されなくなってしまいます。

 

要は問題解決すればいいわけで、その人を介する必要がないのなら、直接交渉して、「聞いてもらい解決すればいい」のです。 

解決し、結果がでればあまり文句を言う人はいないでしょうから。

 

こういう目的意識が僕には致命的に欠けていました。

だから、ダラダラと無駄な人と関わり、時間を消耗していたのです

 

今後は、過去の僕のやり方を改め、社内政治にせよ、上手く立ち回り、問題解決に導けばいいと割り切ります。

 

ただ、僕の代わりに「バカにバカと言ってくれる相手」や、「間違ったことをしている人に間違っている!」と正論を言う人には陰から感謝します。

皆さんも、感謝した方がいいです。

 

代わりに、代弁してくれて、労力を負担してくれているのですから。(こういう人は必要です。こういう人がいなくなったら、それこそバカがのさばりまくるので)

 

普通の人は、こういうバカは相手にしませんし、スルーし、何も言わないでしょう。

 

だから、バカはいつまでもバカに気づかないのですが、まぁバカにバカと言っても実はまったく気づかないので、不毛な労力といえば不毛です。

 

「ビジネス心理学大全」という本によれば、以下の構図が成り立つそうです。

P87から引用・まとめをします。

 

「いくつかの能力を測定するテスト」を実施し、「同時に本人にそれぞれの能力を自己評価させる」という実験を行いました。結果が以下。

 

能力が低い人ほど自分の能力を過大評価。

成績最上位グループ → 自分の能力を過小評価。

成績中の上&成績中の下グループ → 自分の能力を過大評価

成績底辺グループ → 過大評価が最も著しい。(平均より上だと信じ込んでいる)

 

P82からも引用します。

 

自分は平均以上とみなす人の比率。

運動能力 60%

リーダーシップ能力 70%

人とうまくやっていく能力 85%

感受性の豊かさ 79%

賢明さ 75%

理想主義敵傾向 68%

 

別の調査データでも、管理職の90%が自分の能力は他の管理職より優れているとみなしていますし、大学教授の94%が自分は平均より優れた業績を上げているとみなしています。

以上、ここまで。

 

「ビジネス心理学大全」はかなり面白い本なので、お勧めしておきます。

 

さて、何の能力テストかは書かれていません。(学力テストだけじゃないのだと予測します)

 

また、インポスター症候群というモノもあり、実績を上げている人ほど、苦しむ人もいます。

インポスター症候群とは、「自分の力で何かを達成し、周囲から高く評価されても、自分にはそのような能力はない、評価されるに値しないと自己を過小評価してしまう傾向のこと」を指します。

 

さて、この能力テストの結果から、大したことない人ほど、自分を過大評価しており、ということは認知が歪んでいるので「いくら改善を促しても無駄」ということになるのです。

 

僕は、これは能力だけじゃなく、魅力についても同様だと考えており、つまり「客観視力がない人」がけっこう世の中には多いのです。

 

自分は平均以上だとみなす人の比率でも、大半の分野で最低でも60%の人が「自分は平均以上だ!」と思っており、平均の概念が崩れます。

 

つまり、能力テストの結果通り、「上位層以外の人達」の客観視力はかなり弱く、自分を過大評価しているのです。

 

さらに、管理職や大学教授などの「地位が高い人や知的層」になると、さらに客観視できなくなる人が増えるのですねー。

 

こういう人達と関わって、仮に注意・指摘をすると、逆ギレされたり、表面上は従ったフリをしていても、欠点などを直すつもりがないことが多いのです。

 

なので、究極の解決策は、深く関わらないことに尽きます。

もし、どうしても関わらないといけなくなったら、頭を使って上手く立ち回ることですね。

 

2 時給という概念。

また、フリーランスエンジニアの人に聞いた話ですが、時給約5000円で、年収1000万レベルに到達するそうです。

 

で、この時給という概念を常に持っておくと、話す相手や、やる行動について、真剣に選ぶようになります。

 

ダラダラと無駄なことに時間を使わなくなります。

「5000円以上の価値あることなのか?」と自然に考えるのです。

 

また、時給5000円という概念を常に持っている人は「無駄なことを極力、嫌う人なのだろうなぁ」と感じる人もいるでしょう。

で、そんな偉ぶった奴に嫌悪感も感じるでしょう。

 

ですが、僕は「そんな外野の意見は聞く必要がない」と思います。

金持ちになりたいのなら、時間を最大限、効率よく使わなければなれません。

 

つまり、無駄なことに関わっている時間・余裕はないので、「相手の時間を奪う、相手の時給を考えない人」とは関わらないようにするべきなのです。

 

相手からしたら、かまってほしくて、自分になるべく無料で時間を使ってほしいからこそ、例えば僕のことを「暇人」だと思っていて、そして正当化しますが、そんなの気にする必要は一切なく、そういう人とは縁を切るべきです。

 

3 何か大きな目標を持つことの意義。

僕は「たくさんの人が、何か大きな目標を持つのがいい」と思っています。

 

なぜかというと「些細なことにイライラしなくなるのと、問題解決能力が高まるから」です。

 

大きな目標を達成しようとすると、いちいち小さなことにかまっている余裕がなくなります。

 

そうなると、自然とバカにはスルースキルが発動でき、さらに問題解決思考になるので、プライドや見栄など捨てて、社内政治も上手くできるようになります。

 

社内政治をしないと、結局は遠回りになり、問題解決に至らないのです。

 

時間が最大の資産・資源ですから、効率よく、問題解決をし続けると、金持ちに最短でなりやすくなるでしょう。

 

4 人生の目的レベル。

最後に、人生の目的は人によって違いますし、「レベル感・大きさ・壮大さ」も違います。

 

例えば、「偉人レベルになりたい!」という人もいれば、「とにかく金持ちになりたい!有名になりたい!モテまくりたい!」という人もいれば、「一生、安泰で安全に生きれればいい」「快適にストレスなく、なるべく苦しまずに生きたい」「楽しく生きたい」という人もいます。

 

または、DaiGoのように「好きなことをして、自由に生きれたらいい。結果的にお金はついてきているが」という人もいます。

僕も、DaiGoに価値観は似ており、どちらかといえば「好きなことをして、自由になり、結果的にお金がついてくるのが理想」です。

 

もちろん、好きなことだけするのは難しいので、苦手なこともある程度やりますけどね。

 

こういう人生の目的のレベル感は、人によって違うので、そこが噛み合わないと、結婚生活も破綻すると思います。

 

「野心がなく、出世欲がない旦那」に結婚後に幻滅してしまう女性もそれなりにいます。

 

「年収500万でいいや」という男性は、結婚する際は、女性にも「自分は出世欲がなく、この生活を維持する」と本来なら告げないといけないのですが、まぁ結婚にこぎつけるためにそういう本音は言わないでしょうね。

 

女性側としても、この人は「出世欲もなく、年収500万がずっと続くけど、いいかな」と思えるかどうか、または「将来、年収500万すら稼げなくなるかも。でも支えたいかどうか」という基準で選んだ方がいいかもしれません。

 

「偉人レベルの人を目指したい!」という出世欲がかなり強い人がいて、そういう人はかなり忙しい人生を送るので、女性には寂しい思いをさせるでしょうが、「それでもかまわない!」という女性がそういう男性には合っています。(男性側も、女性には支えてもらい、家庭に入ってもらいたいと思っているかもしれません。またはある程度、自立した女性かな)

 

ある意味、「人生の目的のレベル感(価値観?)の共有」は一致していないと、特に夫婦関係は破綻すると思います。

 

ではこの辺で。(5701文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

参考・引用文献。

「ビジネス心理学大全」

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