理解力とは?シリーズ「理解力こそが人生を左右するスキルである」PART8

  • 2019年12月29日
  • 2020年12月12日
  • 理解力
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どうも、の武信です。(No302) 

 

今回のテーマは、「経営コンサルタントShinさんの主張」です。

 

理解力シリーズ第8弾の記事です。

 

理解力とは最近、新井紀子さんの本「AI VS 教科書が読めない子どもたち」で注目を集めています。

 

理解力・読解力がない、「教科書がそもそも読めない」から、学力などを含めた人材育成でつまずているという問題テーマです。

 

これは今後の注目トピックだと思います。

 

理解力をテーマにシリーズでお伝えしていきます。

 

詳しく知りたい人は続きをお読みください。

 

シリーズの目次 

1 見えている人には見えている世界がある

2 世の中は変な人で成り立っている。

3 何を重要だと思うかの視点は人それぞれ違う。

4 何を重要だと思うかの視点は人それぞれ違う2

5 人間は、皆、見ている世界が違う

6 人間は皆、見ている世界が違う2 

7 新井紀子さんの主張。

8 経営コンサルタントShinさんの主張。

9 

 

 

1 理解力の段階。

 

理解力とは、教科書をきちんと理解できる力という簡単な定義もあれば、以下に述べるように、いろいろと広げていくこともできると思います。

 

まず、以下の記事の定義を紹介します。

 

Shinさんの「シンプルTODOリスト仕事術」にも、掲載されているようです。

 

「モノゴトを理解できる4タイプの人と、そうでない人」というタイトルです。

 

 

ある問いがあったとして、しっかりと正しい答えを出せること、それを「モノゴトを理解する」と定義します。

 

そう定義したときに、問いから答えを出すときに、出し方が大きく4タイプに分かれるのです。とあります。

 

問いから答えを出すまでに、「ステップの段階」があるのです。

 

以下「理解できる人」の4タイプです。(「理解できない人」が5番目です)

1 ステップが極端に少ない人が、天才型です。(周囲は理解できませんが、本人は理解してしまいます)

2 ある程度少ない人が、秀才型です

3 ステップが極端に長い人が、「話が長い人」です。(くどい説明をするタイプです。細かく刻んだ説明をされないと、理解できません)

4 TPOに合わせてステップを使い分けられる人が、「適切な人」です。(理解し、知っている人にはステップを短くし、理解不足で知らない人には、ステップを長くするなど、使い分けます。理解するときも、TPOに合わせて理解します)

5 「理解できない人」は、途中のステップでつまずきがあり、頓挫してしまいます

 

天才型や秀才型は、自身がステップが短くても理解できるので、細かく刻まないと理解できない人の気持ちがわかりません。

 

「理解できない人」を救うのは、「話が長い人」「適切な人」です。

 

どちらも、ステップを細かく刻んだ経験があるからです。

 

理解力(理解のプロセス)とは、このように、「問いから、正しい答えに至るまでのステップの段階の細かさの度合い」としても表現できるでしょう。

 

この話は、昔読んだ、以下の本に載っていた記憶があります。(理解とは、ステップの数であるという話です) 

「細野真宏の数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本」

 

2 理解力とは本質を掴むこと

 

また、僕はPART2の記事で、「情報処理能力よりも理解力は大事だ」という話をしました。

 

そこでは、理解力とは、「本質を掴むこと」だということを書きました。または、認識力でもあります。

 

「この世の中の現象や現実をどのように認識しているか?」「どのような世界観を持っているか?」によって、生き方も行動も変わってきます。

 

情報処理というと、素速く、処理するイメージが強いです。

 

「同じ情報に接していても、どのように解釈するか、理解するかは人それぞれ」ですので、情報処理と理解力(認識力や解釈力とも言うかも)は別物でしょう。

 

「どの点を重要と見なすか?」は、人それぞれです。

 

そこには、自分の過去の経験談や価値観やバックグラウンドなどにより、捉え方が変わってくるのでしょう。

 

「同じ本でも年齢によって感じ方、捉え方が変わるのは、経験などにより、成長したから」です。

 

3 理解力から洞察力へ

 

PART3と4で、「何を重要な点を見なす視点は人それぞれ違う」と書いています。

 

理解力という視点は、洞察力へとつながります。

 

「本質を洞察する」からです。

本質を捉えることが人生、大事でしょう。

 

理解力を「ステップの数」と考えることもできます。

 

または、本質を見抜くことでしょう。

 

「要素や因子を見抜くのが上手い人のことを、本質を掴むのが上手い人」と僕は定義したいですね。

 

4 理解力の僕なりの定義。

 

理解力(認識力、解釈力など)の高い人とは、「ステップの数」を適切に理解していて、「本質を掴むこと」(要素や因子を見抜ける人)が上手い人と言えるかもしれません。

 

理解するということは、そのものの本質をきちんと掴むことです。

 

それは「ゴール」とも言えるでしょう。

 

つまり、ゴール(本質)を掴むために、ステップの数をどれくらい踏むかによって、ゴールへの到達度へのスピードが違うか、または、ステップをきちんと踏めないと、ゴールへ辿りつけないかになるわけですね。

 

でも思うのですよ。

 

ステップをかなり詳細に説明しても、著者と同じ理解(本質、ゴール)に到達しないケースがあると。

 

それはそのひとが経験したことがないからか、想像もできない、または信じられない、信じたくないからかは分かりませんが、ともかく、同じ理解(本質、ゴール)に到達しません。

 

つまり、色眼鏡や偏見というスコトーマ(心理的盲点)がかかっている状態というわけです。

 

だから、理解力を単純に、「スタートからゴール(本質)へのステップの数」と定義するのはおかしいということです。

 

ステップをいくら詳細に辿っても、ゴール(本質)にたどり着かない人がいるわけですからね

 

それは、その人の能力の限界か、スコトーマにより見えていない、などの理由があります。

 

この理解力という概念は、いろいろな解釈ができそうです。

 

あくまで僕の視点です。 

 

ではこの辺で。(2766文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTtube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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