達観している人「世の中や他人に過剰に期待しないほうがいい」

  • 2020年2月13日
  • 2020年12月30日
  • 思想
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どうも、武信です。(No688) 

 

2017年の記事です。

 

僕は過去の体験上、世の中に対して非常に冷めた見方をしています。

 

恵まれてきた人には分からない思想、価値観かもしれません。

虐待や迫害を受けた人なら、共感してくれるかもしれませんね。。。

 

「冷めた見方ぐらいのほうが世の中、生きやすくなる」と僕は思っています。

 

世の中や他人に過剰に期待しすぎるから、裏切られたり、叶わなかったとき、絶望を感じるのですから。

 

今回はその辺について、詳しく語ります。

興味がある人は、続きをお読みください。

 

 

1 世の中の大半の人は利己主義。

 

「世の中や他人」は基本的に、自分のことを中心に考えています。

利己主義が生物としての本能であるからです。

 

利他主義の人もいますが、それはGIVEすることが、自分の利益につながるからです。

利他主義も結局は、自分のためなのです。

 

そういう世の中において、相手や他人に何かメリットを与えられないと、相手や他人は動いてくれません。 

 

2 僕が信じるもの。

 

まず、相手の善意を期待してはダメです。

僕は性善説か性悪説かで考えたら、性悪説の方が正しいと思っています。

 

僕の人生経験から言えるのでしょう。

そういう経験ばかりしてきましたから。

 

以下の記事に「性善説と性悪説について」書いています。

「性善説と性悪説について」

 

しかし、「人を信じ、比較的良い待遇に恵まれている人でも、何度か裏切られた経験は持っている」と思います。

 

そうなのです。

相手の善意や相手に過剰に期待するのは、間違いなのです

 

僕は正直、信じられる人はかなり少数だと思っています。

僕を裏切らず、最後まで信じてくれる人は、かなり少数だという認識です。

 

それは家族であり、ある人(1人ぐらい)であり、友人かもしれません。

 

その他の人はメリットでつながっていると正直、思っています。

もちろん、メリットでつながっている人の中に、僕とかなり信頼し合える仲にまで至る可能性のある人もいると思います。

 

ですが、その数は不明です。 

 

3 2対6対2の法則

 

かなり、ニヒリズム的な視点でしょうか? 

ですが、あながち間違っていないと思うんですよね。

 

2対6対2の法則でいえば、世の中には自分の味方や強烈なファンになってくれる人が2割はいるということです。

 

6割は浮動票であり、どっちでもないのです。

 

そして、2割のアンチや敵がいることになります。

 

僕のブログでも2人(か1人)だけしか明確なアンチはいませんでした。

 

ブログ限定にしましたが、メディアらに僕が知られていると仮に仮定して、2割には僕を嫌う人がいると思われます。

 

政治家の石破さんが池上彰の選挙番組で言ってましたが、「自分を支持してくれる人間ばかりではない」というようなことを言ってました。

そして、「世の中、そういうものでしょ」と言ったのです。

 

これはまさにその通りと思いました。

2対6対2の法則はかなり使えると思います。

 

つまり、「6割の浮動票をいかにつかめるか、味方にできるかで多数派になるかが決まる」ということであり、「本や製品やCDでも多数に売れるかが決まる」のです。 

 

4 何を拠り所にすればいいか?

 

さて、「世の中や他人に過剰に期待しないほうがいい」のならば、何を信じ、拠り所にするべきなのでしょうか?

それはまずは自分です。

 

自分のスキルや能力など、自分でできることを多くすることです。

 

次に、妻や子供などの身内です。

 

最後にです。

 

いわゆる、橘玲風に言えば、「人的資本」が第一であり、次に「社会資本」(僕の定義では一部限定になりますが)や「金融資本」ということになります。

 

これら3つは、信頼できると思います。

 

「その他のモノ(他人や友達でさえ)はそこまで信用できない」と僕は考えています。

 

少なくとも、上の3つ(自分、身内、金)よりは信用できないし、過剰に期待しない方がいいでしょう。

 

5 僕の体験。

 

ニヒリズムな見方でしょうか?

 

ですが、僕も今までの経験上、搾取だけされ、利用し尽くされこそすれ、僕を助けてくれた人などほぼいません。(敢えて言えば、図書館くらいです)

 

ほとんど自力で乗り越えてきたのです。

ほぼ誰も助けてくれていません。 

 

僕はこのような経験から「助けてくれるモノや人などほとんどいない」と認識し、逆に搾取や利用はする者だらけという認識に至りました。

 

僕は世の中は冷たいと思っています。

ニヒリズムな見方でしょうか?

 

ですが、僕の経験からすればそう思うのも自然なことです。

自力で独学ばかりで、乗り切ってきた人生ですからね

 

ですが、過剰に他人や世の中に期待しなくなったことで、絶望や失望することは少なくなりました。

「世の中って、所詮、こんなものだよね」と認識できるからです。

 

冷めた見方ですが、大事なことだと思います。 

 

6 「世の中、滅べばいい」思想

 

以下の記事でも書きましたが、世の中や他人に過剰に期待する(コントロールできると思う)からこそ不満を感じ、イライラするからです。

 

最初から求めなければ不満やイライラは減ります。

 

「世の中には不満を覚えるイライラ厨がいる」

「世の中には不満を覚えるイライラ厨がいる」

 

ここから、初代ガンダムの「人類に絶望したシャア」の思想に気づきました。

以下の記事で書いています。

 

僕も少し「人類なんか絶滅すればいい」と思い始めています。

シャアに共感したからこそ、気づいたのです。

 

あまりにも僕の体験が過酷で、冷たい世の中を渡って生きてきたからです。

 

「ガンダム(初代ガンダム、Zガンダム、逆襲のシャア、F91まで)の凄い点を述べてみる」

ガンダム批評「ガンダム(初代ガンダム、Zガンダム、逆襲のシャア、F91まで)の凄い点を述べてみる」

 

迫害を受けた人って、人類に絶望した人たち多いと思うんですよね。

 

それとも、それでも他人や世の中に期待しているのでしょうか?

 

裏切られ、搾取されまくり、利用しつくされ、それでも、他人や世の中に「良い性善説な見方」ができるのでしょうか?

 

僕の今までの人生経験からは、そんな明るい見方はまったくできませんね。

 

ですが、どうせ生きるのなら「人生、世の中って所詮、こんなものでしょ」と冷めた見方をしつつ、自分のスキルを高め、有利になるべく生きたいと考えています。

 

「僕は別に今、死んでも惜しくないですから」。

人生、所詮、こんなものです。

 

期待しすぎるからこそ裏切られたとき(他人や人生や世の中)にショックを受けるのです

 

ならば、冷めた見方も大事だと思うんですよね。 

 

7 フィクションの美談は茶番&期待しつつ、期待しないようにする。

 

最近、人間を美化するドラマや映画にうんざりしているんですよね。

そういうモノで、昔は感動できていたのですが、今は「茶番」だと感じます。

 

人間なんて所詮、この程度のものという「ドロドロしたドラマや映画」の方がリアルだと感じます。

ま、そういう類のモノを見ると、気分も悪くなりますw

 

だから、「フィクションなんてそんなに見ても、人間とは何か?がわからない」と感じます。

あれらは人間が美化された作り物に過ぎないからです。

 

とはいえ、僕は人生戦略上は「相手を信じる」ことも大事だとは思っています。

こちらがまず信用しないと、相手も信用しづらいからです。

 

ですが、同時に「世の中や他人に過剰に期待してはいけない」とも感じていて、裏切られても「世の中って所詮、こんなもの」と思うようにしています。

 

ニヒリズムな生き方ですが、最初は信頼から一応、入ります。

そこから、相手の態度次第で信頼度は上下します。

 

相手が期待を裏切るごとに信頼度を下げて行きます。

期待に応えるたびに、信頼度を上げていきます。

 

しかし、信頼度が上がった人でも突然、裏切ることがあると理解しています。 

 

8 最後に。

 

最後に、僕は「できた人間」にたまーに出会うときがあるのですが、そのときは感動します。

「よく、この汚れた人間界でそこまでできた人間になれたね」と。

 

「どうやって、できた人間になれたですか?」と、聞いてみたくさえなります。

 

逆に、できてない大半の人間に出会うと「ま、世の中、こんなものだよね」と思います。

あまりに酷いと、「そこまで、ひんまがったのはなんで?」と聞きたくなりますw 

 

できた人間(欠点が非常に少ない)は貴重種です。

もし出会えたなら大事にした方がいいです。

 

そんな「できた人間」なんて、ほとんどいないのが人間界ですから。

 

ではこの辺で。(3933文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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