人間力とは?「本物とは何か?」

  • 2019年12月29日
  • 2020年12月13日
  • 帝王学
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どうも、武信です。(No307) 

 

今回の記事では、本物の定義をします。

「本物とはいったいどんな人物なのか?」その定義を知りたい方には、有用な記事でしょう。

 

「百聞は一見に如かず」という格言もあるように、本物を見て、触れたら、感化され、人生観さえ、変わってしまう人もいるかもしれません。

 

そういう本物の定義を、今回は詳しくしていきます。

 

詳しく知りたい方は続きをお読みください。

 

 

1 本物についての前置き。

 


本物については、以下の記事で述べています。

「本物に触れることの大事さ」

人間力とは?「本物に触れることの大事さ」

 

「万能感を持つ人たちの気持ちが少し分かった気がする」

人間力とは?「万能感を持つ人の気持ちが少し分かった気がする」

 

まとめると、TV局のプロデューサーが、「小説家の響は本物なのだから、TVに隠し撮りされてでも映るべき」という話です。

 

響とは「響 小説家になる方法」の漫画の主人公です。

 

14歳で芥川賞、直木賞をダブル受賞した天才少女という設定です。

 

これは逆説的に言えば、小説界は本物が少ない、つまり、コネ社会と言えそうです。

 

または、ゴーストライターや複数人で執筆や、編集者らの協力などやパクリなどで、表面上の売れっ子作家1人の実力(本物)とは違うというわけです。

 

「ホンマでっかTV」で言われていましたが、ある大物作家にもゴーストライターがいるという話です。

 

つまり本物(自分で書いていない。売れているから、有名作家の看板で出した方がいいという意味)じゃないのです。

 

スポーツや将棋界は、本物以外いません

なぜなら、コネ社会のTV局や芸能界と違い、完全実力社会だからです。

 

だからこそ、わざわざ「本物を映すべき」なんて主張は出てきません。

 

それにしても、TV局はやメディアらに、本物が必ず出るわけではないと感じます。

 

中には、本物の天才でも、TVに出たくない人もいるからです。

 

特に、小説界なんて、いつ潰れるかもわからないので、話題性のある芸能人などを賞を受賞させて、売り出す出版社は多そうです。

 

これは実力以外の要素(コネや知名度など)を使っているわけであり、本物ではないのです。

 

2 本物の定義1 

 

僕の本物の定義は、「完全実力社会であると仮定して、その中で上位にいる人」としています。

 

仮定してと書いたのは、TV局や芸能界や音楽界や小説界は完全実力社会じゃなく、コネ社会だからです。

 

逆に言えば、スポーツや将棋などの世界では本物しかいないので、わざわざ本物と定義する必要がありません。

 

上位にいる人はそのまま本物の実力者ですから(とはいえ、テニス界でも騒がれたように、八百長はある)、わざわざ本物だと言う必要がないのです。

 

だからこそ、本物という言葉は、TV局や芸能界や音楽界や小説界などの、コネ社会で使われます

 

3 本物の定義2

 

そして、本物の上位にいる人という定義をさらに深堀りして見てみると、「その人だけで基本的に何かもやっていて、上位にいる人」と言えます。

 

僕の場合、このブログは全部自分1人で書いているわけですから、ゴーストライターなど存在しません。

 

しかし、出版界の売れっ子は全部自分1人でやっていないと思われます。

ゴーストライターがいたり、編集者が入れ知恵したりしているのです。

 

誰かの助けを大いに借りているのです。

これも本物かそうでないかの、明確な分岐点かもしれません。

 

本物はその人がほぼ1人で、結果を出せるほどの実力を持っている人なのです。

 

本物という言葉の深い意味が見えてきたのではないでしょうか?

簡単に言えば、本物じゃない人は装飾が施されており、何か虚飾性があるということです。

 

誰かの力をかなり借りていたり、見せかけているというわけです。

 

逆に、本物は完全に「そのままで実力があり、人の力もあまり借りなくても、実力を発揮し、本来の姿のままで勝負ができる割合が非常に高い」ということでもあります。

 

もちろん、小説家であれば、編集者と打ち合わせ(ある程度の話し合いにより、ネタを考える)や出版社での宣伝などは、外部に任せるのは仕方ない面もあります。

 

ですが、ゴーストライターがいて、全部自分が書いていなかったり(ホリエモンの本は、執筆はゴーストライターです。コンテンツはホリエモンらしいですが)、アイデアの肝の部分を外注していたら、もはや、小説家としての体を成していないでしょう

 

さて、TV局ではやらせが横行している事実があります。

芸能人でいえば、偉大な芸能人というイメージを作るために、クイズ番組などでもやらせをし、上位にいかせるのです。

 

やらせがなく、完全実力勝負の場合において、負ける人は本物ではありません。

 

「響 小説家になる方法」という漫画は、いろいろと論点を作り出していると思います。

 

関連記事は以下です。

「「響 小説家になる方法」という漫画が僕の心にまったく響かない理由」というタイトルです。

漫画にリアリティは必要?「「響 小説家になる方法」という漫画が僕の心にまったく響かない理由」

 

「「響 小説家になる方法」という漫画が僕の心にまったく響かない理由2 今後の展開のアドバイス付き」というタイトルです。

漫画にリアリティは必要?「「響 小説家になる方法」という漫画が僕の心にまったく響かない理由2 今後の展開のアドバイス付き」

 

ではこの辺で。(2647文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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