2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本第2版」PART5

どうも、武信です。(No766)

 

前回の記事が以下です。

2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本第2版」PART4。

 

フィクサーによる日本の教育改革本を2014年頃(正確には2013年に着手)から書き始めて、5年くらいかけてある程度完成させました。(2018年頃にはほぼ骨格は完成)

 

教育改革の議論の叩き台としての役目は果たせたと思っています。

 

ですが、所詮、1人の人間による知識・思考力には限界があり、今回、第二版を書くことにしました。

 

いろいろと修正点が出てきたからです。

 

教育改革は国家100年の計であり、日本が今後、繁栄していく基盤となるものです。

 

ですが実は、この本は教育改革も扱いますが、マクロ経済やミクロの大企業の活動なども扱い、日本の国力全般を底上げすることを目指して書かれており、教育改革だけに特化した本ではありません。

 

前作を書き終えたことで、もっと分かりやすく、コンパクトに今回の第2版では書けるかなと思って執筆する次第です。

 

 

1 今までのまとめ&マクロ経済学。

 

ここまでで、今までのまとめを軽くしておきます。

 

まず、方向性・戦略が大事という話をしました。

 

その方向性を探るために、世の中をMECE(分類分け)して、「民間・公務員・NPO・その他(フリーランスなど)」に分けたり、「G型とL型」に分けたり、「マクロ経済とミクロ経済」の視点も書きました。

 

時代背景からの現状把握もかなりしました。

 

特に、以下の消費低迷説を唱えました。

 

1 「内需だけでは限界が出てくる予想」(財政問題や高齢化問題などにより)

 

2 「欲しいモノが少なくなったから、消費が低迷した説」

 

3 「他国のようにネットを上手く活用しなかったから、生産性が上がらず、国際的な競争(特にGAFAなど)に敗れ、GDPが上がらなかった説」

 

4 「供給側の論理である生産性が低い説」

 

5 「高齢化問題による消費低迷説」と「将来の生産年齢人口の減少による供給側の生産性低下による経済が成り立たない説」

 

まだ他にもあるかもしれません。複合的な問題だということです。

 

ここまでは現状把握の話でした。

 

次に、未来から逆算する視点で見ていきました。

 

民間(主にG型(とL型にも一部適用可能))で活躍する人材像を分析しました。

 

特に、AI時代に活躍する人材像に軽く触れました。

 

そして、「AI時代に活躍するのに必要な能力とは何なんなのか?」について階層化して示したり、表にしてまとめました。

 

そして、僕が教育を語ってもいい理由もちゃんと説明しました。(これは「教育を語る者の立場としてふさわしいか?」の考察です)

 

そして、インターネットが変革した5つの分野を挙げました。

 

インターネットは上記で挙げた消費低迷説の原因の1つかもしれないので、本質を理解しておきたいところです。

 

産業構造の転換が日本は遅れており(アメリカは製造業からITと金融業にシフト)、科学技術予算の割合も他国と比べて、少ないことを書きました。

 

ネットを上手く活用できなかった、より成長分野への産業転換が上手く行かなかった、科学技術予算が少ないなどは、全て「供給者側の生産性の論理」につながる話であり、需要とは関係ありません。

 

しかし、経済(GDP)というのはマクロ経済学が大いに関係しており、需要増加(デフレ脱却)があって、その需要増加に合わせるために、供給者の生産性を上げるべきなのですね。

 

需要が少ないのに、生産性を上げて供給しても、個々の企業では勝ち負けがありますが、全体では供給過剰になり、無駄骨となるのです。

 

まずはデフレ脱却して、需要が増加し、マイルドなインフレにしつつ、生産性を上げて、GDPを増やすべきだと「目からウロコが落ちる奇跡の経済教室 基礎知識編」の著者の中野剛志氏は言うわけです。

 

で、中野氏は経済学では異端のMMT理論信奉者であり、財政破綻はほぼしなく、インフレ率によって決まるので、「積極的に大規模な財政政策をやるべし」と説いています。

 

その財政政策とは公共事業も含みます。

 

つまり、「南海トラフ大地震や関東大震災などの地震対策やインフラ整備などに金を使え!、命の方が大事」と言っているわけです。

 

MMT理論については、僕はまだ完全に理解できていませんので、保留しておきます。

 

そして、補足編として、電波利権や経団連の変化やシリコンバレーや深センのエコシステムについて触れましたが、これは雑談レベルですね。

 

さらに、PART1で述べた通り、デフレの原因として、「日本の世界一の高齢化率は関係あるのでは?」という僕の推論があります。

 

4人に1人が65歳以上の高齢者である日本。

 

世界一なので、前例はないわけで、研究データもないでしょう。

 

そこに世界一の借金大国?財政破綻が騒がれており、また老後の不安(年金、医療、介護など)が若者にまで波及しているとしたら、日本人が貯蓄マインドから抜け出せないのは仕方ないのかもしれません。

 

やはり解決策として、この「超高齢化問題の解決が先だ」と僕は思ったのです。

 

老後の不安がかなり軽減されたら、高齢者も今のように溜め込んでばかりいないで、多少は使うようになったり、若者も溜め込まなくなるかもしれません。(そもそも、日本では金融資産の80%以上が65歳以上の高齢者によって占められており、歪(いびつ)な富の配分になっているのですね)

 

そうすれば、貯蓄マインドから徐々に解き放たれて、デフレ脱却への道が出来上がるかもしれないと僕は考えました。

 

また、欲しいモノがないというのは大前研一さんが主張するように、日本は「低欲望社会」であり、やはりイノベーションを起こし、欲しいモノを作り出す必要はあります。

 

超高齢化社会の根本的解決と、欲しいものを提供するイノベーション政策の大きな2大問題をまず着手すべきかなと感じます。

 

前回の本は、イノベーション政策について主に述べましたが、今回は超高齢化社会問題についても考えます。(高齢化問題については、すでにかなり記事を書いていますが)

 

僕の予想ですが、金融政策ではデフレ脱却できなかったわけですけど、財政政策でも脱却できるかは不透明だと思います。

 

なぜなら、僕のあくまで仮説ですが、超高齢化社会という日本特有の構造問題が潜んでいると思ったからです。

 

財政政策で一時的に公共事業をやり、仕事を増やし、金をばらまいても、消費者が継続的に金を使うようになるのでしょうか?

 

老後の不安という根本問題が解決されないのなら、財布の紐は相変わらず固いままなのではないのではないか?と。

 

よく考えたら、アベノミクスによって、富裕層はかなり潤ったわけです。

 

円安と株価向上により、大企業と株保有者が大儲けし、中小企業と株を持たない庶民は大して恩恵を受けませんでした。

 

で、その富裕層がかなり金を使ったのでしょうか?

 

トリクルダウンは起きたのでしょうか?

 

富裕層が金を使うとしたら、贅沢品だから、贅沢品の物価が上がったのでしょうかね。

 

また、心配事として、今はゼロ金利近辺ですが、金利が上がるにつれて、国債の利払い費が増えて、財政が持たなくなるのでは?説も残ります。

 

マイルドなインフレでさえ、日本の財政にとっては深刻な問題につながるかもしれません。

 

税収がバブル期を超えて過去最高となったのに、仮にマイルドなインフレが起きたら、利払い費で相殺され、税収が増えてもあまり意味なかったでは洒落になりません。

 

そう考えると、適正なインフレ率はどれくらいか?は考えるべきでしょう。

 

少なくとも、デフレスパイラルに陥らなければ十分なのかもしれません。

 

2 イノベーション政策の礎となる民間人の育成について PART1。

 

さて、ここまででマクロ経済学や、僕の日本改造計画の根本的な方向性は確認できたでしょう。

 

ここからは、イノベーション政策の礎となる民間人の育成について、考えていきたいと思います。

 

民間(主にG型(とL型にも一部適用可能))で活躍する人材像とは、特に「ITを使いこなす人材」であり、AI(人工知能)時代において淘汰されないスキルを身につけなくてはいけません。

 

STEAM人材という言葉も使われています。

 

STEAMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Arts)、数学(Mathematics)の頭文字をとったもので、これら5つの能力を持った人材のことです。

 

で、民間のG型は大企業ですが、大企業に就職するのは主に高学歴(僕の定義だとMARCH以上ぐらい。国立大学も含みますかね)になり、その高学歴人材が大企業で活躍しなかったからこそ、特に日本の電気産業の会社(東芝は低迷、シャープは買収される、パナソニックも大幅なリストラなど)は失速したり、買収されたのでしょう。

 

もちろん、高学歴の幹部たちの能力が低かったせいも大きいです。(兵隊の高学歴に罪はないかもしれませんが、その兵隊の高学歴も出世予備軍と見れば、やはり同じ仲間といえると僕は思います。社風や人材が似ているのです)

 

そして高学歴は「大企業への新卒での切符」と言われており、その高学歴獲得までの過程において大学入試があります。

 

その大学入試を基礎として、高校入試、中学入試が作られます。

 

で、僕は文系の大学入試を実際に解いてみて、これは民間の社会人としてかなり役立つスキルじゃないなぁと感じました。(あくまで文系です)

 

僕は大量に民間で活躍する人向けのビジネス書を読んでおり(それこそ、最低5000冊)、以下のことを感じたのです。

 

大学受験や大学での勉強の勝者は「学問の王者」であり、民間で活躍する「ビジネスの王者」とは違うと。

 

大学教授は「学問の王者」であり、だからこそ教養路線であり、さらにTV局ではクイズ王で東大生をもてはやしたり、池上彰氏や林修氏などの教養人たちを持ち上げるのですが、果たしてこのような教養やクイズ能力がビジネスにおいてどれだけ使われるのか?と僕は疑問を抱いたのです。

 

で、大学入試(文系)において何が問われているのか?考察したところ、OS力(情報処理能力・集中力・暗記力・体力など)と、学習能力?思考力(論理的思考力、数学的思考力など)、理解力?(読解力とも呼ぶ)、根気・根性知識(大学受験範囲内)などだと分かりました。

 

ちなみに東大理3出身の和田秀樹氏によると、大学受験での学力を「コンテンツ学力」「ノウハウ学力」とに区別しています。

 

「コンテンツ」(内容)の重要性は薄いのですが「ノウハウ」(情報処理の仕方や勉強の仕方や記憶の仕方などの技術)は意味があるということです。

 

東大理3の日本の学歴社会の最高峰の人でさえ、コンテンツの重要性は薄いと主張しているのです。

 

まず、大学入試の高学歴の問題点は「コンテンツとしての有用性の低さ」です。

これが第一。

 

そして、この本で載せた能力表によれば、たくさんの能力を人間は本来、持っており、その一部だけを大学入試では測っているに過ぎないということが言えます。

 

そして、大学入試や大学は「学問の適性」を見ており、「ビジネスの適性」はそこまで見てないと思われます。

 

では、大学入試で測られていなく、民間人として活躍するのに大事な能力といえば、創造力文章力(一部、小論文では見れる)、コミュ力(一部、面接で少し見れる)、コンテンツとしてのビジネス知識などです。

 

同じ知識分野においても、学問(政治学や経済学など多数)には興味が持てても、ビジネス(MBAや会計や経営学など多数。経営学部では経営が学べる)には興味が持てない人も世の中にはいます。

 

ちなみに、コミュ力という言葉は抽象的ですが、僕のブログ記事では体系化してノウハウを教えています。(理解力についても体系化して、ノウハウを教えています)

 

これに加えて、プログラミング教育も小学校から導入されるとのことで、政府はAI時代に対応しようとしていることが分かります。

 

大学入試は「大学で学ぶための基礎知識であり、ついていけるか?のリトマス試験紙」であると思われますが、日本の高学歴の価値は現在、大学入試までの大学名の価値であり、「大学入学後に何を学んだか?」はそこまで重要視されていません。

 

本来なら、大学入学後の学問(文系でも、文学、哲学、政治学、経営学、経済学、心理学、法律など多数)のほうが有用性は高いはずなのに、大学入学後ほど文系の場合はレジャーランド化か、単位取得が楽になり、大して勉強しないで卒業し、新卒切符を活かして大企業に入っていく高学歴が多いと思われます。(文系の話です)

 

それに、そもそも高学歴の中の高学歴(東大、京大、医学部あたり)は中学受験組が多く、小学校から勉強漬けであり、中学、高校と勉強し尽くして、本来なら大学に入ってからもっと勉強する、人生の始まりなのに、それまでに壮絶な受験地獄のせいで燃え尽きている人もいると思うのです。

 

そして、「大学入試までのルール」と「社会に出てからのルール」がかなり変わります。

 

以下、僕の記事から引用・まとめします。

 

2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本5 第4章」

2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本5 第4章」PART1

 

大学受験までのルールの特徴とは?

 

1     決められた範囲内の知識量の問題での勝負

受かるための変数が少ないということでもあります。

 

試験自分(学力向上)、ライバル受験生の3つが主にありますがライバル受験生はあまり気にかける必要がありません。

 

直接、妨害して学力を下げることはできませんし、諜報活動をして情報を奪っても自分が有利になることはありません。将棋やスポーツのように直接対決もありません。

 

ライバルの存在に意味があるとしたら志望校変更の基準になる時だけです。つまり試験を把握して対策を立て、自分の学力向上だけに注力すればいいだけです。

 

2       課題、問題が決まっており、それを解くだけ。自ら課題、問題を作ることをしません

 

3  日本の場合、ペーパー試験はビジネスの世界ほど前提条件(資金量、才能など)で差が開きません

 

ビジネスの世界のルールの特徴とは?

 

1 成果を出すための目標設定も無限にあり(起業で世界NO.1の社長の夢設定も自由)、求められる能力も知識も無制限です

 

成果を出すための変数が多いということでもあります。顧客(最も重要)、自社(人材などの資源)、競合など。さらにはPEST分析(政治、経済、社会、技術)などを勘案しながら戦略を立て、実行する必要があります。

 

諜報活動により、ライバル企業などの情報を奪うことで自社に有利になることもあります。

 

アメリカには「人を使った諜報活動を担うCIA」と「情報技術による諜報活動を行うNSA」があります。

 

NSAは人員10万人5兆円というCIAの4倍以上の予算規模を持つ巨大組織です。「未来に先回りする思考法」のP115から。

 

CIAやNSAは国家機関ですがGoogleやアップルなど大手の民間から情報を入手し(ここまでは事実。NSAの例)、それを民間にフィードバックして共有している可能性があり、それが事実だとしたらアメリカの民間企業は優位に立てます。

 

日本でも有力な情報を持った個人や企業の情報を奪い、活用している企業や集団がいるかもしれないです。フェアな競争条件ではありません。

 

2 自ら、課題、問題、ルール、常識を作ることが競争優位になります。(ビジネスモデルを作るなど)

 

3 資金力、才能、環境間の格差が激しいです。全然、平等な競争条件じゃありません

 

ビジネスの世界は無差別級です。年齢がまず関係ありません。

 

若くして起業したとしても年齢を言い訳にできないのです。

 

40代以降のベテランの猛者どもとも真っ向勝負です。大学受験のように18歳が大勢いる狭い世界の勝負ではありません。

 

また、異業種格闘技でもあります。業種間の参入が容易です。

 

コンビニがコーヒやドーナツの販売を始めたり、過去のソニーがゲーム機に参入したりです。

 

さらに、資本力も関係ありません。資本力が乏しいからハンデをつけてくれといっても通じません。

 

ボクシングは体重別でハンデがありますが、ビジネスはハンデがまったくないです。

 

年齢、業種、資本などまったく問われない競争なのです。そんな中で勝負をするのですから本当の実力者(+運)しか勝てません。厳しい世界です。

 

逆に、大学受験とビジネスの世界の共通項を書いてみます。

 

受験はビジネスの世界ほど極端ではありませんが、限られた資源(自分の能力、受験日までの時間、学習に費やせる費用など)を勘案し、合格という目標を達成するものです

 

ビジネスの世界も同様に、限られた資源(自社、時間、金など)を勘案し、ライバル企業の動向を気にかけ、顧客のニーズを満たす商品やサービスを提供し、売上を上げるゲームです

 

どちらも「限られた資源」という点が似ています。

 

ただし、ビジネスの場合は競合やニーズが絡んできます。

 

「限られた資源」ということは、「捨てる勇気」が必要ということです。

「あれもこれも」は無理であり、状況も状態も完全ではありません。

 

そのなかでの意思決定であり、資源の最適配分の方法を考えるというゲームです。

 

とはいえ、受験の場合は予備校や学校などが全部、計画表を作ってくれて、やるべきこと(参考書や教材など)も決めてくれて、あとはやるだけという受験生もいるでしょう。

 

そういう人は戦略の妙味を味わっていなくて、実行力だけはありますが、資源配分という頭を使っていないことになるでしょう。以上、ここまで。

 

ではこの辺で。(7574文字)

 

PART6に続きます。

2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本第2版」PART6

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

 

参考・引用文献。

「目からウロコが落ちる奇跡の経済教室 基礎知識編」

「未来に先回りする思考法」  

「1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法」

最新情報をチェックしよう!