「センター国語試験の弱点、盲点」PART2 

どうも、武信です。(No602)

 

前回の記事が以下です。

「センター国語試験の弱点、盲点」

 

突然ですが、「センター国語の試験、特に現代文(評論文、小説含む)」と僕は「非常に相性が悪い」です。

 

センター国語の過去問を毎年、解いていますが、かなり間違えます。

絶望的に、「センター国語と僕は相性が悪い」と言えます。

 

しかし、僕は文章を大量に書いていますし、要約や書評も書いています。

 

僕の1例のサンプルに過ぎませんが、読解力も執筆力も、センター国語とはあまり関係がないのかもしれません。

 

今回は、このセンター国語の特性、または弱点や盲点の話をします。

 

興味がある人は続きをお読みください。

 

 

1 前回の記事の要約。

 

前回の記事では以下のことを言いました。

 

センター国語は、「想像禁止、類推禁止」というルールがありますと。

 

で、類推・推測をすることは世の中の実生活や仕事ではけっこう頻繁に使われており、書いてあることやそのままの発言のままで、受け取ることの方が日本社会では特に少ないのでは?と思われます。

 

「書いてある通りに読めば、答えが出る、それが現代文である」と前回、引用した著者は言っていましたが、今回はそれとは別の論点から、僕は考察していきます。

 

2 2020年のセンター国語の僕の試験結果。

 

2020年のセンター試験の評論文(50点満点)を僕は、22分かけて解き、点数は36点でした。

 

80分の試験問題であり、「評論文、小説、古文、漢文」があり、古文・漢文は15分ずつでもできると仮にしたら、古文・漢文は30分であり、残りの50分は、評論文・小説に使えます。(ただし、マークする時間も若干入ります)

 

50分だと仮にすると、半分なら、25分です。

 

僕は評論文は22分に設定して、解きました。

 

その際、間違えた設問は漢字1問(2点)と9問目(8点)と10問目(4点)でした。

 

合計14点間違えたので、50ー14=36点というわけです。

 

で、実は、時間制限のため、焦り、最後の3問(9問目、10問目、11問目)は直観で解きました。

 

だから、理解や正確さがかなり適当になり、解いたので、案の定、最後の11問目以外の、2問を間違えました。

 

そして、僕の知り合いの人は、何と、10分で評論文を解き、50点中、46点だそうです。

 

次に、小説も22分の時間設定で、解きました。

 

間違えたのは13問目と14問目(つまり、語句)と、16問目と20問目です。

 

これで、点数は31点です。(50点満点中)

 

読解問題は2つしか落としていませんが、何せ読解問題は6問しかないので、6分の4なわけです。

 

センター国語はほぼ間違ってはいけない世界なのです。

 

この小説という問題も、それなりに頭を使いました。

 

36点+31点=67点です。(100点満点中)

 

かなりの読書をしている僕ですら、この有様です。

 

「ここから何が言えるのか?」を考察していきます。

 

3 僕の考察。

 

まず、現代文の試験で問われているのは「読解力、知識、情報処理能力」(またはワーキングメモリ(短期記憶)も?)でしょう。

 

それ以外は、問われていないと思われます。

 

そして、僕は情報処理能力に難があったと思われます。

 

時間切れで、評論文の最後の3問を解くのが雑になったからです。

 

問題文の内容はほぼ把握できましたし、前提知識としてレジリエンスなどはビジネス書で読んでおり、知っていました。

 

知識に問題はありません、というより、むしろ普通の受験生より有利でした。

 

しかし、時間切れになったということは、情報処理能力に問題があったという結論になります。

 

読解力もそこまで悪くないでしょう。時間をある程度、かけた問題は全問正解しているからです。(とはいえ、小説でも、6問中4問でしたので、2問間違っています。語句を2問も間違えたのはもはや仕方ないでしょうかねー)

 

では、逆に、センター現代文で問われていない能力は何でしょうか?

 

4つ、挙げると以下になります。

 

これは僕の「フィクサーによる日本の教育改革本」で散々、主張してきましたが、「創造力(想像力含む)、文章力、コミュ力(プレゼン力、聞く力含む)、ビジネス知識」となります。

 

そして、僕はセンター現代文とかなり相性が悪かったので、有名国立大学なんか合格していませんし、不可能でしょうが、センター現代文で問われていない上記の4つの能力をかなり鍛えました。

 

また、僕は過去に、書評家を目指していたことがあり、その際、あまりにも文章を読むのが遅いので、速読を身につけなければ差別化できない、不利だと思い、「速読教室やソフトや本など」を買い、やりましたが、まったく身につきませんでした。

 

後に、「速読は科学的には習得できない」とDaiGoなどは言っています。

 

つまり、情報処理能力は生まれつきの要素が高く、速読は訓練で、上達しないのです。

 

しかし、僕は耳からの情報はすばやく処理できます。

 

目からの情報をすばやく処理できないのです。

 

だから、読書も遅く、普通くらいの速度なので、読むのが苦痛なのですが、我慢して、読み続けてきました。

 

情報処理能力が低いのなら、人の2倍の時間をかけて読めばいい、と思ったのです。

 

また、良書を選別し、無駄な、くだらない本をなるべく省くことで、効率化しました。

 

さらに、センター国語のコンテンツは僕はくだらない、と教育本に書いています。

「小説、古文、漢文」がくだらない、と。

 

古文、漢文は必須にせず、「文学部限定でいいのでは?」という提案です。

 

200点の配点のうち、150点もくだらない内容で満たされているのです。

 

何が言いたいか?というと、センター国語は、「読解力、知識、情報処理能力」を問うていますが、それ以外の要素は問うておらず、斬新な論文を書ける人材(研究者、学者系)かも不明ですし、ビジネスで活躍する人材かも、不明ということを言いたいのです。

 

ビジネスで活躍するのなら、上記に挙げた4要素の方が大事だと思います。(情報処理能力はあった方がいいですが、あまりに不利でないなら、努力量で補えます)

 

逆に、「創造力(想像力)、文章力、コミュ力(プレゼン、聞く力含む)、ビジネス知識」がない人材の方がやばくないですかね?

 

もちろん、特殊技能(IT系やその他多数)や専門知識(法律や会計多数)があれば、上記の4つが欠けていても、何とかなるかもしれません。

 

実際、IT現場では「コミュ力が劣る人材だらけ」と聞きます。

 

経営者やマネジメント層には、上記の4つはそれなりに求められるでしょうね。(文章力は、ライターを使って補えます)

 

小説は完全に、情報処理能力と読解力(人間関係や描写や背景など、複雑な処理理解力も含む)と知識(語句、言い回し)を求めていますね。

 

さて、ここで、新たな問題提起をします。

 

4 新たな問題提起。

 

新たな問題提起とは、文科省は「思考力、判断力、表現力」を今後、求める指針を打ち出しました。

 

で、センター試験を廃止して、共通テストに移行すると決定しています。

 

ここで、従来のセンター試験派は「「センター試験がなぜ悪いのか?」の検証が済んでない、良問が多い」、といいました。

 

ですが、センタ−国語に限っていうと、従来のセンター試験を残すということは文科省の推進する「思考力、判断力、表現力」とはベクトルがまったく違うということであり、「それを分かって、センター残したい派は主張しているのかな?」という点です。

 

従来のセンター国語は「情報処理能力>読解力>知識」の順に、能力が問われる試験なわけです。

 

で、僕のような情報処理能力が低い人は、間違いなく、東大などには受かりません。(センターで弾かれます)

 

センター残したい派(良問多い)は「情報処理能力、読解力、知識(教養系)」を重要視しているわけです。

 

それ以外の能力には、あまり目を向けていないと思われます。(だって、「良問多い、なぜ、変える必要があるのか?」と言っているわけですからね)

 

では、「情報処理能力は果たして、共通テストで残すのか?」という問題提起なわけです。

 

僕は「この点を明らかにして欲しい」、と思います。

 

情報処理能力を必須にするのか、しないのか。

 

もし、必須にするなら、僕のような人は足切りされる確率が上がりますし(センター国語に限って言えば)、逆に、上記の4つ(創造力、文章力、コミュ力、ビジネス知識)を試すテストがあれば上位にいくでしょうが、そんなものはありません。

 

大学受験で判定するとしたら、「思考力、判断力、表現力」とのことですが、情報処理能力の扱いはどうするのでしょうかね。。。

 

ここは、大学受験の肝だと思います。

 

情報処理能力が高い人がかなり有利だったのが、従来のセンター試験だったのです。

 

または、記憶力もそうですね。(歴史科目ではかなり使われます)

 

ちなみに、思考力・表現力のある人の記事は、以下がお手本になると思われます。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69677

 

「危機的な少子化問題…新しい発想で対策を考える」というタイトルです。

 

少子化解決策としては、かなり奇抜な案であり、あまり思いつく人が少なそうなアイデアです。

 

文章も論理的ですし、わかりやすく、読みやすいのに、内容はそれなりに高度なことを書いており、思考力があり、表現力があると僕は感じました。

 

 以上、センター国語の弱点、盲点というか、現状把握の記事を書きました。

 

試されている能力をちゃんと把握することが大事です。

 

試されていない能力に関しては、高学歴といえども、担保されている保証はありません。

 

あとは、受験はある程度、才能だと僕は思います。

 

その話題については、別の記事で。

 

ではこの辺で。(4295文字) 

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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