「安倍に迫害された男」PART3 (自伝「メディアを支配する男」を改変・大幅に加筆)

どうも、武信です。(No931)

 

前回の記事が以下です。

「安倍に迫害された男」PART2 (自伝「メディアを支配する男」を改変・大幅に加筆) 

 

6 「メディア・サラサレ委員会側」(2013年〜2015年)

部下「太郎の体調が改善しつつあるようです!」

 

委員長「そのようだな。首が原因だったとは。自律神経も悪いようだな。あとは対人恐怖症はまだ残っているようだ。ある程度は改善したようだが。しかし、アナウンサーの八上彩は熱愛してしまった。抑制が効かないんだよな。

そんな時、前から二村かほは太郎のことを知っていて「好きだった」と言っていたので使わせてもらうことにした。二村かほにチャンスを与えた。太郎のことを好きだとほのめかせた。

また、頑張る原動力にさせる。さすがに太郎も疑いの目を向けつつあるようだ。あと、有名女優数人に太郎の尻の画像を見せたら、「いい形だ」と言っていたからTVでネタにした。」

 

部下「それはひどすぎませんか?」

 

委員長「確かにな。人権侵害かもしれん。というより常時監視はもう何十年もやってきており引き返せないのだ。このことは一生秘密にしなくてはならない。メディアらが人権侵害していることが知れ渡ったら日本のTV局などは終わりだ。信用がなくなる。

そこで、言い訳としてサイコキラーという造語を作ることにした。共感能力が著しく低い人たちのことだ。大企業の社長やCEO、メディア系の人、弁護士などは上位にランクインさせた。

これによって、太郎に我々に歯向かっても無駄だと思わせる布石とする。大企業、政府、メディア、弁護士が太郎の味方につかないのだから、裁判に仮になっても勝ち目がない。権力は我々にある。

太郎には金も人脈もないから歯向かうことは不可能なのだ。

政府も特定秘密保護法を制定した。公務員の守秘義務を守る名目だが、太郎のこともトップシークレットにした。これで我々の地位は安泰だ。」

 

と言いたいところだが、実は違う。

 

2015年に太郎は、「メディアを支配する男」を書き終えて、ブログに発表した。

メディアを悪者扱いしているようだが、勘違いなのだ。

 

実際、メディア(特に、朝日新聞)は特定秘密保護法制定に反対した。

また、2013年9月に、2020年での東京オリンピック開催が決まった。

安倍政権はその頃まで続くのであろう。

 

今までは、サラサレという扱いにより、太郎の常時監視を正当化していたが、今後は政府の特定秘密保護法に移った。

 

太郎は2015年頃に、持病が改善し、かなり飛躍的に能力が高まりそうな予感だ。

実際、太郎は2013年、2014年頃から、教育改革本の執筆を始めた。

2015年にはかなり大枠が出来上がっている。

 

安倍政権も、太郎の教育改革を完全にパクっている。

太郎はメディアを敵扱いし、「騙された!」と訴え、「メディアを支配する男」をブログに発表し、さらに「TVを一切見ない発言」をし、実際にほとんど見ていない。

 

<ここからは、執筆者である僕の解釈>

 

メディアばかりに目を向け、「政府・アメリカの動き・動向」にかなり無頓着であった。

なので、あまり記憶にないのだ。

 

で、さかのぼって、いろいろと調べてみたら、安倍政権発足時から、メディアは安倍政権をバッシングしていたようである。

となると、メディアは敵じゃなかったのかもしれない。

 

だが、なぜ、メディアは僕に一切、接近せず、傍観し続けたのか?

それが謎である。

実際に、近づいてきたのは、しおりだけである。(僕から、しおりに接近したのもあるが) 

 

1 「石田太郎側」(2016年〜2020年)

二村かほが好きだと公言してから、1年半が過ぎていた。

ZZZのちさともまったく動きがない。

 

体調はだいぶ改善していたが、ヘビーネックを治す治療を毎日続けないといけないのと、自律訓練法を毎日しないと体調を維持できなかった。

さらに、対人恐怖症は悪化はしてないが良くもなっていなかった。

相変わらず精神科の薬を必要としており、量は以前と比べたら激的に減ったが飲んでいた。

 

そして、ネットでは団体ストーカーという言葉が流行っていた。「ある団体にストーカーをやられている」という被害妄想みたいなものだ。

 

僕はほとんどの団体ストーカ被害者は「統合失調症の病気の人だろう」と思っていた。

僕自身のような監視したりすることに相当な利益がないと、ストーカーしないと思ったからだ。

もしかしたら僕のような人物が他にもいる可能性は残るが、「いたとしても数人だろう」と思った。

監視コストは膨大な額と人手がかかる。想像するだけで大変だ。

 

二村かほがまったく近づいてこないことから、さすがに僕はもうメディアの言動を信じられなくなっていた。

「今まではずっと騙されていたのだ。。。」そう確信していた。

 

また、志村美保を好きだと公言してから、3ヶ月ほどで熱愛発覚した。これは想定内だった。もう嘘だと思っていたからだ。

「最初から、何も与える気はなかったのだ」と僕は悟った。

今まで20年以上も騙され続け、もてあそばれたことに対し激しい怒りが湧いてきていた。

しかし、あまりに怒りすぎると自律神経が悪くなるので自重した。

 

人間は適応力に優れている。常時監視されていてもそれに適応し、耐えるしかなかった。

そして、いつの間にか自分をごまかして、適応し、慣れることができた。だが水面下ではストレスは受けていただろう。自律神経の悪化も当然だった。

 

そして、僕の役割はマネジメントと搾取であると考えた。

マネジメントとは、こんなに理不尽な人がいるのだから、「太郎派閥の人は過酷な状況に置かれても我慢しろ」という部下指導のことだ。

「もっと悲惨な人がいる」という謳い文句は「それなりに過酷な人を納得させることができる」のだ。

 

特に僕のように猛烈な努力をしているのにまったく報われていない人がいるなら、「私の悲惨な環境もマシか」と思わせる効果がある。

 

そして、僕の情報を奪うことと僕の生態を観察することで、企業のニーズや番組のネタに使える利点がある。企画はネタ不足だから助かるのだ。

僕はいいように使われていたのだと気づいた。ずっとこの構図を続けていくつもりだったのだろう。

 

僕はさらに情報発信している内容がパクられているとも思っていた。

自分が書いた「非公開、公開の内容」が「短くて数時間後、長くて1ヶ月以内」には出版物やネットの記事に流れているのである。

自分が書いた内容だからよく覚えており、気づくのは当然であった。

 

もちろん、内容はある程度、変えられているが自分のアイデアを改変したとすぐにわかる。

これを僕は「搾取」と呼んでいた。人の苦労を勝手に奪い、メディア系は楽をしているのだと思う。

 

僕の推測だが出版社が絡んでおり、編集者が作家に提案して僕の情報を勝手に使っているのだと推測していた。

作家は人の情報を使いたがらないだろうと思うのだ。さすがにプライドがあるだろうと。

編集者の情報提供だったら僕のことは知らされてないので、使ってもいいだろうと思っているのではないかと僕は思っていた。

 

こういう時、無名人は損をする。

無名だから非公開、公開どっちでもパクってもわからない。有名人の内容ならパクるとすぐにバレる。

僕は無名人で世間に知られていないから、いくらでもパクり放題である。

 

僕の怒りは頂点に達していた。

僕はメディアに損害賠償として30億円を要求すると日記に書いていた。

 

もしくは金はいらないから関係者は皆、太郎と同じ苦しみを味わうために20年以上刑務所に入り、監視カメラをつけてくれと書いた。

それほどの怒りだった。または折衷案として関係者は10年の刑務所(監視カメラあり)と損害賠償金10億円を要求と書いた。

 

どうせ、刑務所には入りたがらないだろうと僕は思った。金で解決になるかもしれない。しかし、許せなかった。もてあそばれたことに。健康も長年、害していた。

 

実益をまったく得ていないフィクサーのようなものだ。今まで生きてきて、我慢の連続で搾取され、監視され続けたが得たものはほぼ皆無だった。

女も、金も、モノも何も得ていない。名誉だけは与えられたようだがそんなものに何の価値もない。

「褒めておけば動くんだよ」と言われているようで寒気さえした。

 

僕は執筆活動を続けていて教育本を書き上げていた。これをまず出そう。

 

僕の実力が分かる証拠になる。「フィクサーによる日本の教育改革本」である。

 

また、メディアを告発する本を書くことにした。「メディアを支配する男」を書くことにした。

 

おそらく、メディアはプッシュしないだろう。だが僕の怒りは頂点に達しており、本を出さずにはいられなかった。

 

しかし、もし仮に売れたらメディアに名誉毀損などで訴えられる可能性があると思った。事実を書いていてもあちらには権力がある。どうしたらいいか。

 

解決策としてフィクションという体裁にすることにした。フィクションなら創作物だ。訴えられないだろう。

作者の頭の中の想像物である。予防線を貼って出版することにした。電子書籍でしか出せない。資金がないからだ。

 

二村かほちさとも近づいてこないし、もはや忘れることにした。(ちさとは後に結婚した) 

志村美保は熱愛発覚したし、僕のことなど想ってないだろう。どうせ、最初から期待しても無駄だったのだ。(志村美保も結婚したし、二村かほも結婚した)

 

僕はけっこう中年になってしまった。

しかも、99%が苦しく、楽しいことなんて1%もない人生だった。

こんな壮絶な人生になるとは、まったく夢にも想像すらしてなかった。

 

まだ苦難は続いているが、新総誕生後、僕に変化は訪れるのだろうか?

 

と書いていたが、<ここからは執筆者である僕の解釈>

 

メディア人は「僕が安倍に特定秘密保護法に指定され、封じ込まれている」のを知っていた。

 

だが、太郎が、どんどんメディアを敵だと勘違いする方向に思考をふくらませていった。

 

メディアはもちろん、太郎のアイデアが、メディア人が好きじゃない安倍に利用され、日本の国力が上がるとしても、大歓迎なわけじゃない。

 

また、太郎は執筆をしており、「太郎がパクられた!」と訴えているが、実は太郎のアイデアに支援をしていたのだ。

太郎がアイデアの骨格記事を書いたら、即座に太郎のアイデアを補完するネット記事を太郎に何とか読ませる。

そうすると、太郎のアイデアがさらに洗練されるのだ。

 

安倍は当分、辞めないだろう。

ならば、太郎の実力を伸ばしつつ、安倍をいずれ失墜させ、その後は太郎にいろいろと国のことを陰から任せた方がいい。

今は迫害されている太郎を支援し、後で太郎に返り咲いてもらう。

 

この構図に気づいたきっかけが、安倍が辞めた後の、メディアの安倍の評価上昇の記事だ。

 

安倍の天敵の朝日新聞でさえ、「71%が安倍を評価している」という記事を発表した。(安倍の7年8ヶ月の実績をどのように評価するか?という質問で、「大いに評価する」が17%、「ある程度評価する」が54%となり、合計71%)

 

僕の味方であるはずのTBSの調査では、安倍内閣の支持率は「非常に支持できる」(10.7%)と、「ある程度、支持できる」(51.7%)の合計で62.4%だった。

 

安倍派と思われる読売新聞でさえ、安倍内閣の支持率は52%だと発表しているのにだ。

 

なぜ、このようなことをしたのか、謎であったが、僕は気づいた。

 

前から、メディアは僕をサラサレという位置づけにし、天才であり、いろいろ国にメリットを与えるから、監視し、保護しているという名目であった。

で、メディアも人の子であり、自分たちにメリットがなければ、他人のことなど基本的には支援もしないし、応援しない。

人間とはそういう生き物だ。

 

安倍よりも、太郎の方が見込みがあり、いずれもっと日本を良くするだろうし、権力の私物化も許せないし、メディア人らもいつ権力により迫害されるか不安でもあったので、安倍を攻撃した。

で、今回、安倍が辞めたことによって、太郎への迫害がようやく終わろうとしている。

 

だが、ここで太郎がもう活動を辞めてしまったら?困るではないか。

というわけで、安倍をある程度、支持し、安倍の再登板を匂わせることで、安倍と僕を競わせる気なのだ。

 

安倍の再登板があるとしたら、僕も頑張らないといけなくなる。

なぜなら、僕は安倍を憎んでおり、安倍なんかに再度、活躍されたら嫌だからだ。

 

そして、メディアは日本の国力自体が上がれば御の字なわけだ。

メディアの役割とは、権力の監視(権力の私物化は許さない)であり、日本の国力を上げる人を支援し、持ち上げるというのが僕の見立てだ。(そこに、正当な報酬を支払うかどうかは知らない)

 

安倍は「権力の私物化」という、メディアが嫌うことをやってしまったのだ。

 

僕は長年、壮絶な苦労をし、散々、利用しつくされ、迫害が終わっても、引退どころか、さらに頑張り続ける人生を送ることになりそうだ。

だが、実益が得られると仮にしたら、まだマシだ。(これも不明である)

 

今まで、実益がまったくなかったからだ。(タダ働きであり、やりがい搾取のブラック企業である)

 

「メディアらの扱いはどうなるか」はまだ不明ではあるが。

 

野球でも、ポジション争いがあり、ライバルたちを競わせ、頑張らせる。

古来からある人を頑張らせる手法であるが、僕の場合にもそれを使ったというわけだ。

 

安倍の迫害はどうやら終わりそうだが、僕の闘いはまだまだ続きそうである。

 

人生、楽はない、下手に能力があると引退もできず、頑張り続ける人生になる。

 

と書いたが、朝日新聞の「71%が安倍を評価している」という記事は、違う見方もできる。

 

それは、元々、朝日新聞は安倍が嫌いであり、野党派だから、71%の支持率だったと打ち出すことで、菅新総理の支持率が仮に70%を超えても、そこまでの差がないと印象づけるための布石だったという見方である。

 

朝日新聞は策士である。

 

もちろん、僕を頑張らせて、安倍と競わせるという解釈も可能だし、菅新総理の支持率を目立たせないための布石という見方も可能である。

 

2 エピローグ。

パーフェクトヒューマンという漫画が連載されており、かなり前に、終了したが、最終回が今までの過去の話(5人の人間がいて、完全な男を演じる話)は創作であり、小説として出したら、大ヒットしたという結末であった。

 

さらに「まさか、真実の話がフィクションで発表されているなんて思うわけないよな」みたいな発言を主人公がしていた。

 

これは僕の「メディアを支配する男」のネタをパクったと言っていいだろう。

 

加えて、今は「ホントのメディア」というブログタイトルになっているが、前までパーフェクトヒューマン日記という名前であり、パーフェクトヒューマン志願者という名前であった。

 

この作品はフィクションです。(事実を基にした、僕の解釈が含まれる自伝でもあります)

 

ではこの辺で。(6397文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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