妄想とは?「どこまでが事実と言えるのか?の確認が重要であり、その後は確率的にこれくらいと言う人が妄想じゃない人・認知がおかしくない人の意見である」

どうも、武信です。(No892)

皆さんは、「妄想の人や、認知のおかしい人」と遭遇したことありますか?

妄想とは、「患者の教育的、文化的、社会的背景に一致しない誤った揺るぎない観念 (idea) ないし信念 (belief) と定義される」とあります。

さらに、妄想と真の信念との相違は、妄想では「明らかな反証があっても確信が保持されることによる」とあります。

つまり、「明らかに確実に間違っている証拠が示されても、頑として認めない人」なのです。

または、「妄想を持つ本人はその考えが妄想であるとは認識できない(病識がない)場合が多い」とあります。

妄想とまではいかなくても、「他人の意見の意図を誤読したり、曲解しまくっている人は認知がおかしい人」と言えるでしょう。

妄想の人や認知のおかしい人と遭遇して、困った人や、対処の仕方が分からない人、そういう人達の心理が分からない人には参考になる記事かもしれません。

「妄想の人や、認知がおかしい人ではない人」を見分けるための秘訣も書いていきますので、興味がある人は続きをお読みください。

1 妄想の人かそうでない人か、見分けるコツ。

まず、妄想と真の信念との相違は、妄想では「明らかな反証があっても確信が保持されることによる」とありますので、「確実な証拠が示されたら、意見を変えることができる人は妄想の人じゃない可能性が高い」です。

僕の場合でいえば、最近、ブログのWordPressで1記事だけアイキャッチ画像が表示されないバグが起き、ちょうどタイミングよくロリポップレンタルサーバーのバージョンアップが重なったことにより、普段から陰謀を怪しんでいる僕からしたら、「嵌められたのか?」と疑ったわけです。

しかし、これは早合点であり、原因はその1記事だけ、冒頭から長いURL文を貼っており、それが原因でその1記事だけアイキャッチ画像が表示されないということでした。

このように、明らかな反証があれば、思い込みを直すことができるのは妄想の人じゃありません。

また、僕はGoogle、ツイッター、WordPressの数字が操作されており、おかしいと主張していますが、これには理由があります。

以下の記事でも述べましたが、2020年7月13日時点で、僕のブログでのトップアクセスの記事のクリック数が4404でした。

ブログ運営のコツ「僕のWordPressブログ運営の事例。陰謀とはこういうものなんだなという実例!」

SearchConsoleから、3ヶ月間でのクリック数を数えたのです。

ですが、WordPressのトップ記事のView数が2020年8月10日時点で、1866です。

かなり少なく表示されています。

他にも、僕のブログは一度、ぶっ壊れて、作り直したのですが、それでも最低3ヶ月は経っており、「SearchConsoleの数字とWordPressの表示が一致していないのはおかしい」となります。

または、僕の他のブログ記事も、明らかにView数が少なすぎるのです。

これで、「WordPressの数字自体が信用できない」と僕は思いました。

さらに、「GoogleAnalyticsも信用できない」と、上記の記事に書いています。

「僕だけ該当するサンプル数1の事例」かもしれませんが、明らかに異常なことが起きているのです。

これは妄想ではなく、明らかにおかしいから、主張しています。

ツイッターに関しても、「ツイートアナリティクスが信用できない」と僕は感じていますが、詳しくは割愛します。

ツイッターに関しては、そこまでの確固たる証拠があるわけではなく、確率的に60%以上で怪しいと睨んでいる程度だと思ってください。

他にも、僕の記事では陰謀論を書きまくっていますが、僕の以下の記事でも書いたように、「確率の概念があるかどうか」は重要です。

テレビ局などが勝手に奪う論4「確率的におかしいことが起きているときは必然」

他にも、以下の記事で、「僕の主張は全て仮説である」、と言っており、「仮説という認識があるかどうかも、妄想の人じゃない区別」として重要です。

集団ストーカーの妄想「疑惑や可能性段階でも正しいことはある」

さらに、僕が現段階で確実に言えることは、僕は「盗聴・尾行をされているという点」です。

その実行者が「政府・メディア系」というのは推測です。

また、僕を盗聴・尾行をする理由が「天才であり、利用価値があるからだ」などは僕の推測に過ぎません。

加えて、僕を天才と仮に称し、利用価値があるのであれば、「政府・メディア側」としてはウハウハですし、もしかしたら、あちら側は僕に感謝しているかもしれず、僕が「政府・メディアら」を悪意的に捉えるかどうかは、僕の解釈に過ぎないのです。

ともかく確実に言えることは、「僕が盗聴・尾行されているという点」だけであり、「そこから先は僕が必死に考えた推測・理由付け」に過ぎません。(ですが、あながち間違っていないと思います)

このように、僕は現状把握・現状認識を上記のようにしており、これを「妄想の人・病気の人」というのはおかしいと言いたいわけです。

また、タイトルで書いていますが、「どこまでが事実と言えるのか?の確認が大事であり、その後は確率的にこれくらいと言う人が妄想じゃない人・認知がおかしくない人の意見である」につながります。

つまり、「物証や間接証拠などにより、ここまでは最低でも事実であると言える」、と主張し、「その先は確実に断言はできず、確率的にこれくらいで正しいだろう」、という認知の人が、妄想じゃない人であり、認知がおかしくない人の思考回路ということになります。

これについて、もっと詳しく書いていきます。

2 認知がおかしい人の思考回路。

まず、認知がおかしい人の思考回路として、上記で述べたことを理解していません。

それこそ、「1か100ぐらい、白か黒か?」の極端な思考回路をしています。

「曖昧なグレーゾーンや確率の概念が乏しい」のです。

そして、「どのラインまでが断言でき、どのライン以降が断言できず、不透明なのか?」も理解していません。

認知が歪んでいない人は、「ここまでは少なくとも正しいと言えるよね?」と言ってくれます。

そして、ここから先は、「不明だし、確率論だよ」と言う人もいるでしょう。

こういう思考回路の人とは話が噛み合います。

しかし、最初から決めつけて、僕がここまでは断言できるというラインまで「嘘だ!」と言い張り、それどころかほとんどのことを「嘘だ!」と言う人もいます。

ですが、世の中というのは「部分的には正しいが、この部分では間違っている」ということの方が圧倒的に多いのです。

かなり間違っている人でも、「この部分は正しい」という点はあるものです。

しかし、それすらも直視せず、「白か黒か?」の両極端な主張をしてくるので、僕からしたら「この人の認知は大丈夫なのだろうか?」と思ってしまうのです。

もしくは、僕の一番、主張したいことを散々言っても、それを理解せず、スルーし、「別の主張の論争」に持っていったりします。

僕からしたら、「その別の論争」については「正直、立場が不透明」であり、それは別途、述べればいいと思っており、まずは「僕の一番言いたいことをちゃんと理解しているのだろうか?」と不安になります。

なぜなら、僕の一番、言いたいことにはまったく触れないからです。(普通の人なら、僕の一番、言いたいことを察知して、それを認めた上で、「別の論争」に移りますが、そうしないから「この人、理解しているのか?」と思うわけです)

つまり、「僕の話を理解していないか、誤読しているか、まともに聞いてないか、その人の都合のいいように理解している」ということになります。

簡単に言えば、「読解力が弱い人」ということです。

または、読解力が弱いわけじゃないかもしれなく、単に「僕の言いたいことを自分事として真剣に聞こう、理解しようという意欲がない人」なのかもしれません。

どっちにせよ、相手の事情を考慮しても、僕からしたら、いい迷惑なわけです。

話が噛み合わないのです。

僕と会話するのであれば、まず「僕の意図や一番言いたいこと」を理解して欲しいのです。

それを理解した上で、別の論争に移るのはかまいませんし、その別の論争については僕は「正直、不透明だ」という立場になるかもしれませんが、「それもその人の意見である」と理解してくれれば、言い争いにならないのです。

ですが、僕の一番言いたいことには触れず、別の論争に持っていき、しかも僕が「その点については分からない」と言っても、一方的に「自分が正しい!」と主張してくるから、僕からしたら、「意味が分からない」となるわけです。

僕からしたら、「そういう意見もあるよね」「まぁ真偽が不明な話はとりあえず保留にしておこう」としたいのです。

そして、後で物証や証拠などで判明すれば真偽が明らかになりますし、今の時点でどちらが正しいか、白黒はっきり確実につける証拠がないのであれば、その論争は無駄骨に終わるので、避けたいのです。

しかし、それを理解せず、「自分の方が99%正しい」と言ってくるので、僕からしたら、「そんなに世の中、白黒はっきり分かれる話ばかりじゃないよ」と思うわけです。

また、僕の主張はほぼ仮説であり、「ここまでは正しい」と言えるラインがあり、「その先は確率論であり、不透明だ」ということを理解してないように思います。

さらに、僕が言っていることが全部、断言していると相手に思われるようですが、まぁ確かに僕の口調は強めなので、そう捉えられるのも無理ないかもしれませんが、それは相手が理解していないから、僕がそういう対応をするのです。

相手がちゃんと理解し、対応していれば、僕もそんな対応はしません。

例えば、過去、僕に対し、「結局、結果が出てないよね」に全て、話を持っていく人がいましたが、僕が「結果や立場ではなく、話の中身で論争したほうが価値がある」、と何回も言っても、そういう対応(結果が全て) をされたから、僕の口調はどんどん強くなっていったわけです。

相手が「僕の努力や能力」はそこそこ認めた上で、「結果が出てない」というのなら、僕も納得いきますが、その人は白か黒かの主張で、僕の部分点をまったく考慮せず、全否定してきたから、僕も語気が粗めになったのです。

このように、部分点というのは必ずあり、部分で正しい場合は多いのですが、部分点をまったく評価せず、「試験に受かったか、落ちたか」だけで判断して、「あなたはダメな人だ」となったら、その人の言うことを聞く気になるでしょうか?

その人にも、何かしらの事情があったり、病気や体調のせいで試験に落ちたのかもしれませんし、僕の事例で言えば陰謀のせいだったわけです。

しかし、それすら考慮せず、「結果が出てないから、ダメな人だ」と評価する人の思考回路が僕には理解できません。

僕からしたら、その人に対しても、大成功者と言えるほどの結果を出しているわけでもないし、じゃあもっと上の結果を出している人から同じように見下されたら、「はい、僕は無能です」と認めるのか?と問いたいですね。

まぁこの結果論者はどうしようもない人であり、相手にする価値がないのですが、あくまで一例として取り上げました。

または価値観のズレは、当然、皆、生きてきたバックグラウンドが違うので、生じますがそれを「価値観の違い」として認め、強烈に押し付けないことが大事だと思います。

ですが、価値観がまったく異なる人とは、距離を置いた方がいいです。

おそらく、「終わりのない論争、最終的には争いや喧嘩」にまで発展するので、いいことがないからです。

「そういう意見もあるよね」「真偽が分からない点はいったん保留にしよう」という姿勢がある人と付き合いものです。

「白黒はっきりさせよう」「自分の主張が99%正しい」という人からは距離を置きたいです。

もちろん、裁判などで「白黒はっきりさせる」必要がある場合もありますが、それはそれです。

普段の生活で、「白黒はっきりさせよう」という割合が多い人と付き合うと消耗します。(あくまでプライベート)

コロナ問題も、僕は「真偽が不透明だなぁ。いろいろな論文が出て、明らかになることが増えている」という認識です。

ですが、コロナ脳と名付けた永江一石氏は最初から「コロナは大したことない」と言い続け、それを否定する人は「コロナ脳」と命名し、一切排除する姿勢の持ち主です。

おそらく、コロナ問題で何がどう変わっても、永江一石氏は自分の主張を変えないでしょう。(僕はそういう柔軟性のない人とは距離を置きたいのです) 

僕ですら、「コロナ大したことない論者」の言い分にもちゃんと耳を傾け、「一部は当たっている箇所があるかもしれない」、という柔軟性のある姿勢を見せているのに対し、永江一石氏にその柔軟性はまったくありません。

まぁ評論家ポジションだから、いいのかもしれませんが、コロナ論争だけからの推測ですが、永江一石氏は他の論争についても同じような姿勢を貫き、自説を曲げないんじゃないでしょうかね?と邪推してしまいます。

こういう柔軟性のない人とは距離を置きたいです。

ではこの辺で。(5952文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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