人口減少社会とは?「人口減少社会という日本の未来。僕たちは選択肢を迫られている!」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No857) 

日本は人口減少社会へ、このままでは進むと思われます。

人口動態は未来が最も読みやすい指標です。

また、実は、各国の人口の流れは「増えるか、維持」「減少」の2方向のグループに分かれていますが、「世界的に見れば定常化していく」と予測する人もいます。

「人口爆発がどんどん進み、このままでは食糧や資源を食いつぶす」と言われた時代もありましたが、そうじゃないのです。

今回は、「日本の人口減少社会という未来」について考察していこうと思います。

「人口減少社会のデザイン」という本を参考にして、まとめます。(特に、コロナの件は僕の主張です)

興味がある人は続きをお読みください。

1 未来のシナリオ。

2050年に向けた未来シナリオとして主に「都市集中型」「地方分散型」があります。

「都市集中型シナリオ」

都市の企業が主導する技術革新によって、人口の都市への一極集中が進行し、地方は衰退する。

出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、個人の健康寿命や幸福度は低下する一方で、政府支出の都市への集中によって政府の財政は持ち直す。

「地方分散型シナリオ」

地方へ人口分散が起こり、出生率が持ち直して格差が縮小し、個人の健康寿命や幸福感も増大する。

ただし、「地方分散シナリオ」は、政府の財政あるいは環境(CO2排出量など)を悪化させる可能性を含むため、真に持続可能なものとするには細心の注意が必要となる。

「どちらかのシナリオを8〜10年後までに決めて、政策を実行すべき」と著者は主張しています。

また、著者はヨーロッパの都市(ドイツや北欧やオランダやフランスなど)の、「自動車社会じゃない老人でも歩行して探索できる社会」を理想としています。

対して、「アメリカのような自動車中心社会」(日本も追随した)を否定的に捉えています。

自動車中心社会は、日本の地方都市で、特に起こっています。

さて、著者は「人口や地域の持続可能性」「健康・格差・幸福」などの観点から言えば、「地方分散型」が望ましいと言っています。

2 幸福について。

ここで、幸福について考えてみましょう。

幸福を左右する要因は

1 コミュニティのあり方(人と人との関係性やつながりの質)

2 平等度ないし格差(所得・資産の分配のあり方)

3 自然環境とのつながり。

4 精神的、宗教的なよりどころ等

と著者は書いています。

僕が思うに、幸福度は「人間関係や健康」がかなり関係してますし、相対比較が少ない、つまり格差が少ない方が嫉妬が湧かないので、幸福度という面から見たら、ファクターは「人間関係」「健康」「金銭的格差が少ない」はかなり影響があるでしょう。

3の「自然環境とのつながり」や、4の「精神的、宗教的なよりどころ」等は僕には実感が湧きませんでした。

幸福を考えることも、人口減少社会の未来のデザインを考える上で外せないので、言及しておきました。

次に、人口減少社会は、「高齢化と少子化」で語られますので、少子化と高齢化について書きますね。

3 少子化と高齢化について。

日本の高齢化率(65歳以上の高齢者が人口全体に占める割合)は、2018年において28.1%で、すでに「世界一」です。

他の国では欧米では、スペインイタリアの高齢化率が日本に近く、アジアでは韓国シンガポールなどが急速に高齢化し2060年頃には日本に迫ってくるという予測です。

そうなる原因は少子化であり、日本の合計特殊出生率は1.42(2018年)ですが、概して東アジアはどの国も日本より低く、韓国1.17、香港1.21、台湾1.17、シンガポール1.20といった状況です。

そして、日本の高齢化率が特に高くなっていくのは、長寿が原因ではなく、少子化が大きな要因なのです。

先進諸国において平均寿命の相違はさほど大きくなく、特に大きいのが出生率の違いで、それが高齢化率を左右します。

その出生率ないし少子化をめぐる各国の状況は大きく2グループに分かれており、「出生率が比較的高い国々」「比較的低い国々」です。

前者はフランス(1.92)、スウェーデン(1.85)、アメリカ(1.82)、イギリス(1.79)などのグループであり、後者はドイツ(1.59)、イタリア(1.34)、スペイン(1.32)、ギリシャ(1.30)、日本(1.42)などのグループです。(2018年。スペイン、ギリシャは2015年)

そして、高齢化率が顕著に高くなっていくのは、日本を含め出生率が低く少子化が進んでいる「後者のグループの国々」なのです。

では少子化の背景は何か?というと、日本の場合、結婚したカップルの子供の数はさほど減っておらず(1977年の2.19から、2015年の1.94まで、そこまで変化なし)、結婚そのものが減っている、つまり未婚化晩婚化なのです。

日本では未婚率はどんどん上がっており、1970年では未婚率は20%弱だったのが(つまり8割以上がすでに結婚)、2015年は6割以上が未婚となっています。

2015年の30代前半の男性の未婚率は47.1%であり、半分近くが結婚していません。

少子化は女性の社会進出が原因だと言われたこともありましたが、正しくなく、逆に「女性の就業率が高い国のほうが概して出生率も高い」という傾向になっています。

もちろん、日本においては、女性の社会進出に柔軟に十分に対応してないのは確かですが。

出生率については、国内でかなりの地域差があり、沖縄が出生率が一番高く(1.89)、一番低いのが東京(1.20)です。

興味深いことに、九州の県(宮崎、鹿児島、熊本)は出生率はベスト10に入っており、こうした事実の背景には、複雑な要因が絡んでいると思われますが、「生活のゆとり」や「仕事と子育ての両立のしやすさ」「祖父母との同居」「近接性」(子育てへの支援)が関与しているのでは?と思われます。

確かなこととして言えるのは「東京一極集中が進めば、日本全体の出生率が下がり、人口減少がますます進む」ということです。

未婚化・晩婚化の理由として、「若い世代の雇用の不安定性」はあります。

2011年の調査で、20代から30代の男性では、年収300万円を境に、結婚率に差が出たといいます。

また、正規雇用か、非正規雇用かによっても、結婚率に大きな差があるというデータもあります。

したがって、若い世代への経済的支援は重要だと言えます。

「少子化をめぐる国際比較での構造」も、詳しく本には書かれているので、興味がある人は読んでみてください。

4 人口減少はある程度はしてもいい。

しかし、今の日本の人口(約1億2000万人)は多すぎるから、「ある程度減少しても良い」、という見方もあります。

江戸時代の人口は3000万人強であり、人口定着社会、「農業を基盤とする定常型社会」でした。

イギリス、フランス、イタリアの人口はほぼ同じで、約6000万人であり、日本の半分の人口です。

ちなみに、フランスは日本より国土の面積が大きく、イギリスとイタリアは日本よりやや小さい程度です。

ドイツは人口が約8000万人強で、面積は日本とほぼ同じです。

加えて日本はヨーロッパの多くの国々と異なり、国土全体が山がちで森林面積率7割という国ですから、日本の人口は過密になりすぎといえます。

しかし、著者は人口が減り続けるのは問題だと捉えており、基本的な方向としては出生率は2.0程度(人口が維持される水準)で推移して欲しいと願っているようです。

日本の人口は2100年に概ね8000万人前後で定常化する、のが望ましいと主張しています。

このシナリオはかなり踏み込んでおり、移民を大幅に受け入れるのは犯罪等を考えると難しく、人口減少がどんどん進むのであれば、2100年に向けて「約8000万人人口社会」は妥当かもしれないと僕は感じました。

賛否両論あると思いますので、議論が必要でしょう。

5 首都圏への人口流入問題と「地方への高齢者のリターンを促す政策」

また、これからは「1人暮らし」世帯が大幅に増えると見られています。

さらに、これから高齢者が増えるのは東京などの首都圏です。

東京都だけでも、2010年から2040年にかけて、144万人の高齢者が増加すると予測されれています。

この首都圏高齢者の増加の要因は、高度経済成長期に農村や全国各地から首都圏に集まった当時の若い世代が、いま高齢者になっているからです。

今、東京などの首都圏に人口流入と騒がれていますが、人口流入が圧倒的に多かったのは1960年代前後です。

さらに、地方の人口減少が顕著なのも、高度経済成長期に若い世代が首都圏に集まり、残った層が現在高齢となり、亡くなっているという面も大きいのです。

したがって、地方の人口減少問題は、実は「高度経済成長期に起こった負の遺産」という側面が大きく、若い世代のローカル志向など、さらに現在のコロナにより、地方志向が出てきたのは希望が持てるといえます。

加えて、「高度経済成長期に大量に移り住んだ当時の若年層」が高齢世代となり、その結果として近年の首都圏では「大量の退職者」が出ており、そのために大規模な人手不足や求人が生じ、地方の若者を吸い寄せている面があります。

また、退職した高齢者の年齢が上がり、75歳以上の後期高齢者になると、介護問題が生じ、若年労働者が必要になり、一層地方から首都圏への若者の移動が進みます

この点については、逆に、「地方への高齢者のリターンを促す政策」を展開するのも重要だと著者は言います。

僕が高齢者問題解決案で書いた「団地策」は、過去、高度経済成長期において「首都圏での住宅不足解決案」として使われましたが、今度は逆に、地方に「団地」を作るのもありなのかなという気がします。(ただ、家余りが生じており、家は余っています)

また、著者は「多極集中」という概念を提唱しています。

東京への人口流入が話題になっていますが、「特定の地方都市への人口増加率は大きい」のです。

例えば、2010年から2015年の人口増加率でいうと、東京23区が3.7%であるのに対し、札幌2.1%、仙台3.5%、広島1.8%、福岡5.1%となっています。

現在、進みつつあるのは「一極集中」というよりもむしろ「少極集中」であり、今後の展望としては「一層の少極集中」「多極集中」に向かうか、でしょう。

詳しい構想は本をお読みください。

僕の意見としては、「一層の少極集中」いわゆる「コンパクトシティ化」しか考えていなかったので、著者の構想には新鮮さを感じました。

ですが、これも賛否両論あるかと思いますので、議論が必要でしょう。

6 健康面について。

ここで、上記での「幸福」に次いで、「幸福」の要素である「健康」についても述べましょう。

さて、健康面で言えば、医療費は先進諸国の中で、アメリカの規模は圧倒的に大きいのに、平均寿命はもっとも短くなっています。

日本は比較的低い医療費で、もっとも高い平均寿命を実現しています。

理由として、アメリカは心臓病の死亡率が非常に高く、日本は先進諸国のなかでもっとも低い点にあります。

この背景には食生活が関わっており、肥満率の比較でも、アメリカが最も高く、日本や韓国は最も低いです。

平均寿命の長さの、経済発展以外の要因として、「食生活のライフスタイル」「貧困や経済格差」「公的医療保険のあり方」「ストレスや労働のあり方」「犯罪率」があります。

7 医療面について。

ここから、医療問題にも言及しますね。

2016年の日本の医療費は42.1兆円であり、高齢化とともに年々増加しています。(ですが、コロナにより、病院に来ない人も増え、しかも予防医療に取り組む人が増えるとしたら、医療費が減るかもしれません)

医療費全体の中で、65歳以上の高齢者の医療費がすでに約6割を占めています。

日本の医療は公的医療保険制度のもとで提供されており、医療費は税金が約4割、社会保険料が約5割、患者自己負担が残り約1割で、まかなわれています。

また、日本の診療報酬において、病院、特に高次機能の病院に十分なお金が流れず、診療所が優遇されている理由は以下の、政治的なモノになります。

医師全体の6割強が勤務医で、3割強が開業医となっており、勤務医の方が多数派です。

ですが、医療機関の数でいえば、診療所の数が約10万であるのに対して、病院の数は約8000であり、「経営に直接関わる医師の数」は圧倒的に診療所が多いので、政治力学的に、診療所(開業医)の手厚い医療費が配分されているのです。

診療所(開業医)には潤沢なお金が回っており、病院(特に高次機能の病院)に十分な医療費が回っていないのです。

詳しくは本で。

また、1990年の先進諸国における15歳〜44歳までの「病気の原因」(何が寿命を短くしたり、障害の原因になっているか)は、男女とも、精神関係の病気(うつ病、アルコール接種、統合失調症など)や、社会的な要因(道路交通事故)が上位を占めていました。

「人生前半の医療」は「精神的ないし社会的なもの」が中心だと見られてきましたが、現在、コロナにより、自殺率も下がっており(人間関係のトラブルが減った?メンタルの人が休職できた?)、自粛により、交通事故も減るかもしれませんね。

健康については本にもっと詳しく書かれているので、本を読んでください。

8 資本主義の多様性と僕の意見。

「資本主義の多様性」の主張も本には書かれていました。

つまり、資本主義といっても、「国によって非常に異なる姿をとる」ということです。

資本主義で経済格差の度合い(ジニ係数)が異なるのは、「社会保障システムのあり方」「政府ないし公的部門の対応のあり方」(ひいてはコミュニティのあり方)などによって生じます。

これらの相違の要因は国によって異なり、3つの国では以下のようになっています。

1 アメリカ。強い拡大・成長志向+小さな政府。

2 ヨーロッパ。環境志向+相対的に大きな政府。

3 日本。理念の不在と先送り。→ビジョンとその選択に関する議論の必要性。

アメリカは「環境問題に対する意識も低く、経済重視で、小さな政府なので、市場経済による解決派」です。

ヨーロッパは概して、「経済だけでなく、環境あるいは持続可能性にも配慮し、市場経済に委ねすぎず、政府ないし公的部門による再分配や規制を行う大きな政府路線」です。

また、「強い拡大・成長志向か、環境志向か」は「富の総量」に関する対立軸であり、「小さな政府か、相対的に大きな政府か」は「富の配分」に関する対立軸と著者は考えています。

日本のアベノミクスは「強い拡大・成長志向」です。

「小さな政府か、大きな政府か」でいえば、「中福祉」ですが、福祉のための財源や税負担まで社会的に合意してきたわけではなく、「経済成長により自ずと社会保障の財源はまかなわれる」でやってきたので、「中福祉・低負担」という姿になり、さらにGDPも低迷し続け、現状の社会保障のための負担を嫌がり、大量の借金を将来世代に先送りする結果となっています。

つまり、「「高福祉・高負担か、低福祉・低負担か」といった選択をおこなわず、社会保障の給付に見合った負担を回避し、将来世代にそのツケを回す現在の日本の姿」は、「素直に「低福祉、低負担」を選んだアメリカ」よりも酷い姿であり、困難な意思決定を先送りし、その場にいない将来世代に負担をしいる無責任な対応なのです。

日本という国は、場の空気を読む社会であり、合意が困難になると、議論を避け、その場にいない人々に押しつける、つまり「将来世代」への借金のツケ回しをします。

特に、今の70代以上の政治家の大半は、目先のこと(自分の任期やせいぜい5〜10年程度)しか見ておらず(だって自分は死ぬかもしれないので関係ない)、2050年の話なんて想像すらしてないと思われます。

僕が「政治家には40代が適任だ」と言う理由がこれです。

40代なら、2050年(30年後)はまだ生きており、身近な問題であり、自分事になりますからね。

もちろん、70代以上の政治家でも、将来の子孫のことを真剣に考えている人もいるでしょうが、若い人と比べて、気力・体力や頭の回転の速さ、またITなどのテクノロジーに疎いのは大きな欠点だと思います。

若い世代や働き盛りの世代のことが、よく分からないのでは?と思うのです。

確かに、「権力闘争や人間心理」は高齢政治家の方が長けている部分はあるかもしれませんが、そんな権力闘争をされても、国民にはメリットがほぼないのです。

政策をしっかりやって、日本の未来を切り開かなければならないのに、権力闘争ばかりやって、肝心の政策には無知で、他人の専門家に任せるというのでは、政治家の存在意義がよく分かりません。

そもそも、「政策の善し悪し」を判断するのは膨大な知識ありきであり、常に勉強し続けてこそ、身につきますし、その知識から、正確な政策を決定できるのです。

なのに、肝心の政策には無知で、専門家任せであり、選挙ばかりに熱心で、税金の配分や、権力を行使し、果てはやる気ある人を妨害するのでは「政治家の存在意義は何なのだろう?」と思います。

専門家の意見を採用し、善し悪しを判断するにも、政治家にもある程度の知識や思考力が必要であり、それを磨いていないのだとしたら、代わりの人材、極端に言えば「AIにやらせればいいのでは?」とすら思います。

話が逸れましたが、今回は人口減少社会という大きな枠組みでの話であり、ある意味、日本の大きな方向性を決めるテーマであり、判断が難しいですし、重要論点だと思います。

いろいろな議論が巻き起こることを期待します。

ではこの辺で。(7617文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

参考・引用文献。

「人口減少社会のデザイン」

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