企画書の書き方「AIに企画書・アイデア発想ができるのか?」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No777)

AIは、データ分析により、「経営の効率化やマーケティン的な個別化」にはかなり貢献してきました。

「マーケティング的な個別化」とは、Amazonのリコメンデーション機能(お勧め機能)や、GoogleのYoutubeのお勧め機能などが当てはまります。

個人のプライバシー情報を基に、その人個人に合ったお勧めをしてくるのです。

それに対して、DaiGoの科学的根拠を基にした情報は、いわゆる多数派に当てはまる一般論であり、個別化は実現していません。

そういう意味で、DaiGoの情報は完全に個別にカスタマイズされておらす、個別コンサルよりは価値としては負けます。

しかし、格安の550円でDaiGoは情報を提供しており、一般論でも仕方ありませんし、多数派に当てはまり、信憑性がある程度高いのなら、価値ある情報と言えます。

ここからは、「AIにより、企画書やアイデア発想法ができるのか?」について論じていきたいと思います。

詳しく知りたい方は、続きをお読みください。

有料級の情報です。

1 AI(データ分析)に企画発想ができるのか?

「たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング」という本の謳い文句は「1000人より1人の顧客を知ればいい」というキャッチコピーです。

つまり、N=1の情報で、深く1人を知れば、極端な話、マーケティングにせよ、企画案にせよ、生まれるということでしょう、

これは、「エスノグラフィーと呼ばれる観察技法」もほぼ同じ効果があると思われ、強烈な特殊なユーザーを丸ごと、観察すれば、何らかの仮説やアイデア発想のきっかけが思い浮かぶということです

僕の事例でいえば、僕個人を観察したことにより、ストレートネックやGRIT(やり抜く力)や1万時間の法則などの着想が生まれ、その仮説は本当なのか?を実証して、説として唱えることが可能になります。

他にも、僕を観察したことにより、新しい商品や仮説などがたくさん生まれたと推測しますが、省略します。

陰謀的な話なので、興味がある人は、陰謀論のカテゴリーから記事を読んでください。

これに対し、「データ分析により、アイデア発想や仮説がどれだけ生まれるか?」について考えたいと思います。

今の時点では、最終的には企画の良し悪しの判断については、人間が判断することになります。

で、データ分析により、人間が良い企画案を思いつけるレベルまで、例えば「Googleの社員に個別化されたデータ源の情報提供をできるのか?問題」があります。

膨大な情報やデータが世の中に存在し、「どのデータがアイデアにつながるか?」は個人差があり、しかも、それをGoogleの社員に個別に、コンパクトに、社員が判断し、思いつくレベルまでに凝縮し、提供するのはできるのか?僕は疑問に思うのです。

それこそ、Googleの社員の今までの人生で得てきた全情報を、音声記録や文字情報としてコンピュータに記録しないと、個別のデータ提供はできないと感じます。

そのGoogleの社員の人生の全情報の記録の実現がかなり厳しいです。(第一の壁)

それが実現できても、「社員にアイデアが思いつくようなデータを提供できるか?」も壁があります。(第二の壁)

「人がどのようにしたらアイデアが浮かぶか?」がブラックボックスであり、解明されていないからです。

アイデア発想法がブラックボックスだとしたら、Googleの社員の人生の全情報を記録しても(第一の壁突破)、Googleがコンピュータにアイデア発想の基になるデータを保管し、それをGoogleの社員にピンポイントで理解でき、発想しやすい、個別化されたデータを提供できるか(第二の壁)の問題があり、どの情報を送ればアイデア発想につながるのか?がブラックボックスであれば、アイデア発想は効率化されないと思われます。

また、アイデア発想法として、僕の持論は「異分野の融合、つまり、自分の専門分野じゃなく、遠い世界の分野から、着想を得て、アイデアが生まれる」と考えています。

そして、天才や企画が得意な人がなぜ、アイデア発想ができるかといえば、浅く広く広範囲に知識があるからです。

異分野を融合しているのです。

で、Google社員は、悪く言えば専門バカであり、浅く広く知識を知らないという前提が僕はあります。

そして、Googleの社員の全人生の情報の記録はかなり難しいですし(第一の壁)、仮に、一部の情報(何の本を読んだとか、経歴や、一部の思想など)を把握しても、そのGoogle社員が知らない情報をGoogleのAIが提供しないと、異分野の融合は起きず、アイデアが生まれにくいのです。

そもそも、一部の情報(何の本を読んだや、経歴や、一部の思想など)は大雑把すぎであり、その細かい情報まで把握しないと意味がない問題もあります。

加えて、Googleの社員はプログラミング技能についてはトップ級ですが、悪く言えば専門バカであり、ということは、その他の分野についてはほぼ知らない可能性があります。

だからこそ、条件が整っても(それも厳しいですが)、Google社員のアイデア発想につながりにくいと思われます。

AIがGoogle社員の一部の人生を記録し、把握して、Google社員が知らない情報を提供しても、それをGoogle社員があまり知らなければ、異分野の融合が起きず、アイデアが生まれないのです。

2 仮に、AIに企画発想ができたとしても。

構造的に、AIによって、企画発想は生じにくいと思われますが、仮に、Google自体が膨大な情報を集め、解析して、企画書っぽいものを作れたと想定しましょう。

AIが短編小説の1次審査を通過したという話もあるくらいなので、仮に、企画書もそのレベルまで到達したとします。

ですが、その後も、問題が生じます。

結局は人間が企画の良し悪しを最終判断し、限られた経営資源を振り分けて使うために、その企画を通すかどうか決めます。

経営資源は限られており、全ての企画を通すのは難しいでしょう。

で、経営企画は、スコア化が難しいと思われます。

審美眼やセンスが問われるので、人間が最終判断をするしかないのです。(経営企画書の数値化って難しいと思います。長編小説の良し悪しをAIが数値化し、評価を下すには、あまりにも判断基準となる変数が多すぎて、無理だと思うのです)

ちなみに、良い経営企画書というのは、「売れる見込みが見えるストーリーや論理がある」と思います。

その良い経営企画書を人間が判断するわけですが、やはり、その選ぶ人間のセンスによって、かなり企画書の判断の良し悪しは変わります。

よって、複数人によって多数決で決めるかもしれませんし、目利きの人の一存で決めるかもしれません。

また、AIが出してくる経営企画書はもはや人間には価値が判断できない代物である可能性すらあります。

まぁ、囲碁のようなルールが限定された(それでも選択肢は膨大ですが)世界では、Googleの囲碁ソフトが、プロを打ち負かし、その囲碁ソフトの手が、人間にはもはや理解不能とのことです。

そして、経営企画書ももしかしたら、人間の理解を超える企画書を出してくる可能性もあり、それが複数になると、もはや判断不能になるかもしれません。

「人間の理解可能な、ストーリーや論理の企画書じゃないといけない」のです。

まぁ、AIが企画書を作る世界も、まだまだ遠い世界でしょうし、それが実現したとしても、最終ジャッジが人間ならば、やはり限界があるような気がします。

そもそも、経営資源が無限の世界になったら、全部、企画を試せば良いわけで、迷う必要はなくなりますけどね。

経営資源が無限になる世界が到来すれば、資源の最適配分を考える経済学が要らなくなり、経営資源の配分を考える経営学も要らなくなるでしょう。

ビジネスにおいて、戦略自体がほぼ必要なくなります。

いくらでも作り放題なので、そこそこ良い筋の企画案なら、全部、試せばいいからです。(問題は時間という資源だけになるでしょう)

今回は、このような思考実験をしてみました。

AIが企画書、アイデア発想を実現するまでに至るのでしょうか?

やはり、人間が最終的には関与し続けるのでしょうか?

20年後とかに、ある程度の答え合わせができるかもしれませんね。

ではこの辺で。(3667文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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