どうも、武信です。(No730)
2017年の当時に書いていた記事をほぼそのまま載せます。(多少、修正ははいってます)
今となっては、はあちゅうさん騒動は過去の事例ですが、今でも教訓として使えると思うので、思い返してみるのと、今後の教訓のために残しておきます。
興味がある人は続きをお読みください。 シリーズものとなっています。
1 おさらい&記事の要約。
前回の記事が以下です。
はあちゅうさんのセクハラ・パワハラ騒動「はあちゅうさんが、元電通の岸勇希氏からセクハラ、パワハラを受けていた件について2」
まず、以下のnote記事を読んでください。
「はあちゅうさんのセクハラ告発の記事を読んだけど、素直に「セクハラはクソ」と言えない自分がいる。」というタイトルです。
https://note.mu/1107×1107/n/nb8ea2b7d8549
この記事は、「セクハラ、パワハラを正当化したい層にとっては福音になりそうな内容」です。
簡単に要約します。(僕の解釈も入ります)
まず、著者は女性であり、女性から見たセクハラ像であり、セクハラはクソとは言えないという内容です。
男性で「セクハラはクソ」と言っている人は、過去にセクハラを一切したことがないのか?と問いかけています。
過去にセクハラをしたことがあるなら、はあちゅうさんの騒動にはスルーすべきであるといいます。
理由は、たとえ過去を反省してセクハラ反対派に回っても、過去の過ちは消えないからです。
ならば、スルー対応が大人だといいます。
さて、適応障害や鬱の症状の例は要らないでしょう。
特に、本筋と関係ないからです。
次に、著者は若い女性ですが、「セクハラをクソだという資格がない」といいます。
理由は、自分が相手男性のセクハラから始まった恋があるからといいます。
セクハラを許容する態度を示しているということは、男にそういう態度をすることを認めさせ、そういう男たちは多くの女性に、またセクハラ行為をしていると推測されます。
ということは、「セクハラの被害者であると同時に加害者である」と言います。
そもそも、セクハラの定義が曖昧であり、女性側の解釈で変わります。
イケメンや好きな男のセクハラ行為なら、許容されるでしょう。
または、セクハラをセクハラと認知できない頭の弱い女性もいるかもしれないとのことです。
3つ目に、セクハラを告発するなら、一貫性を持った女性でなければ、自分の首を絞めることになるといいます。
自分に原因がある(女性側に隙があり、解釈で変わるからズルいとも言える)のに、全てを男性のせいにするのはどうか?という主張です。
これは、僕は、男性側のセクハラ、パワハラ派からしたら、ありがたい意見だと感じます。
しかし、女性側の解釈で変わるのであれば、痴漢冤罪などの例もあるように、セクハラ冤罪も発生しかねません。
ですから、セクハラの録音は必要でしょう。
もしくは、鬱病などの精神科での診断ですね。
最後に著者は、自分が男性にセクハラをしていないと言い切れる自信がないと言っています。
よって、悩んでいるという終わり方です。以上、ここまで。
2 記事への僕の意見。
最初の冒頭で、はあちゅうさんのファンだと著者は言いますが、ファンにしてはセクハラ派擁護の主張です。
岸氏の擁護にもつながります。
ファンというのは名ばかりで嘘なのではないか?と邪推してしまいます。
僕のブログでも過去にファンと名乗っていた男が、アンチまがいの書き込みをしていました。
ファンと名乗れば、アンチの意見でも周囲は受け入れやすくなるからです。
最初からアンチだという人の意見だと結局、反対したいだけだろと捉えられますが、ファンだと言えば、そのアンチありきの発言という考えが少しは取り除かれます。
今回の事例もそれに似ていると思います。
つまり、ファンの名をした、岸氏やセクハラ擁護派のnote記事ということです。
または、ファンといっても、そこまで熱意がない軽いファンなのかもしれません。
しかも、noteを選んだ理由はおそらく、炎上しないからでしょう。
それでいて、多くの人に読んでもらえれば(理解力の低い層)、セクハラ批判派にも悪い点があると思わせる効果があります。
僕の記事、「セクハラは女性の解釈次第」と「過去にセクハラをした層は引け目に感じて批判できない」を組み合わせた主張ですね。(パクったのかは知りません)
3 僕の邪推。
まず、言えるのは「いじめを過去にしたとして、真摯に反省して、今はいじめ反対派に回ったのなら、いじめ反対と言っていい」ということです。
過去の過ちは消せませんが、自身のした行為が本当に酷いと考えを改めたならば、いじめ反対の反応をしてもいいと感じます。
同じことがセクハラにも言えます。
「セクハラを過去にして、考えを改めて、今はまったくしていないのであれば、セクハラ反対の反応をしてもいい」のです。
岸氏の場合ははあちゅうさんに動かれて初めて、反応したわけであり、後付け行為です。(反省が見られないということです)
しかし、注意点は過去にいじめにせよ、セクハラにせよ、過ちを犯した者はセクハラ批判派に同意するにしても、慎重な同意と抑えめの自己主張しかできないという点です。
それは仕方ないです。
ですが、反省して思想を転向させたのなら、マシなのです。
このnote記事はセクハラの事例を今も、今後も炎上させないために、セクハラで告発される予備軍の電通軍団?が先手をうって、彼女に記事を書かせたのではないか?と邪推してしまうくらいの内容です。
このnote記事では、セクハラを告発する女性にも先手をうって、抑え込もうとしています。
一貫性をもった女性でなければ、自分の首を絞めると言ってますからね。
つまり、今後のセクハラで告発される予備軍の電通軍団?の抑え込みと邪推します。
このnote著者は電通?などと裏でつながってないのかなぁ。
彼女1人の個人の行動とは思えないのですが。。。
ですが、あくまで邪推なので、真相は不明です。
また、このnote記事の上手いところは男性目線でははなく、一見、被害者である女性からの記事という点です。
そして、女性にも悪い点があるのでは?と女性側から言っているので、セクハラ男性側としては「してやったり」となるわけです。
このような記事にはきちんと反論しておかなければ、と僕は思います。
セクハラ擁護派の一番、味方となる主張ですからね、今回のnote記事は。
ではこの辺で。(2989文字)
このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。
あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。