政治と哲学「哲学の次に、有用性が低いのが政治談義をしている人」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No540)

2017年の記事です。

今まで、散々、哲学は実用性に乏しいと書いてきましたが(一部、有用なのもある)、今回は哲学の次に有用性が低いものとして、政治談義をしている人を挙げたいと思います。

政治談義をしている人がどうして有用性が低いのか?興味がある方は、続きをお読みください。 

短く、サクッと読める内容です。

1 前置き。

僕は、散々、哲学は実用的じゃないと、以下の記事などで述べてきました。

もちろん、哲学は「人工知能」で使えるという主張もあります。

そういう人工知能に使える哲学は意味があります。

 「僕は実用主義者である」

https://hontonomedia.com/whatpragmatismmeansimapragmatist/

「人間は、皆、見ている世界が違う」「理解力こそが人生を左右するスキルである PART5」というタイトルです。

https://hontonomedia.com/whatisunderstandingseriesunderstandingistheskillthatdetermineslifepart5/

そして、哲学の次に 僕が有用性が低いと思うのが、政治談義をしている人達です。

自分の人生を考えた時、政治に詳しくなっても、大してコスパが良くないと言いたいのです。

例えば、政治家や評論家にでもならない限り、政治の知識は金になりません。

投票のときは使えますが、それは日本人の人口から言ったら、「一票」はほとんど影響力が皆無です。

政治を金にするならともかく、政治への勉強は人生上、コスパが悪いのです。

自分の人生を頑張った方がよほど、金につながります。

こう言うと、そういう層がいるからダメな政治家が生まれるんだという意見がありますが、その通りです。

2 合成の誤謬とフリーライダーの話。

ただ、個人戦略として、僕は政治に詳しくなるより、自分の人生を頑張った方が良いと言っているだけであり、この個人戦略が全体につながると不利益が生まれます。

「合成の誤謬(ごびゅう)」というやつです。

個々の貯蓄は個人にとっては利益ですが、全体に広がると、不景気になると同じ図式です。

個々の政治への無関心は人生上、時間を有効活用できますが、全体に広がると、政治家選びに失敗する、選挙の失敗ということになります

つまり、政治に無関心な層はフリーライダー(ただ乗り)をしていると言えるかもしれません。

政治に詳しい、熱心な層に代わりに選んでもらっているのです。

ですが、言いたいことがあります。

政治に詳しい、熱心な層はとりわけ、老人層が多いと思われるのですが、彼らは自分の利益になるために投票するわけです。

つまり、ポジショントークです。

老人に限らず、政治に熱心な層は自分の思想と合致するか、自分が有利になる党を応援します。

となれば、投票しない、政治に無関心な層は自業自得であり、自分を不利にしているだけなのですから、ただ乗りで利益を得ているわけでもないのです

そして、自分が政治に無関心で、不利になることをしていても、その自分のリソースを自分の人生の自己投資にまわしているのであれば、別に、政治に期待しなくても助けられてなくてもOKという路線だと思います

そういう層もいます。

政治に期待し、助けられるのではなく、自分に期待し、自己投資し、頑張るのです。

3 政治に期待するより自己投資した方が良いが、一部の人は投票した方がいいかもしれない。

そういう意味ではやはり、政治に何とかしてもらおうという期待から考えると、政治に熱心で、政治談義ばかりしている人は悪い言い方でいえば、有用生が低いことをしていると言えるかもしれません。

そのリソースを自己投資に回し、自分で頑張ればいいからです。

まぁ、政治への興味・関心、リソースの振り向け方は難しいところです。

特に、大企業の場合、政府の規制などにより、競争環境が変わってしまうかもしれません。

そういう意味では、大企業の人達は政府への関心を持っておかなければならないと言えるでしょう。

そして、合理的に考えたら、自分の投票の価値は微々たるものにすぎないのですから、政治へ期待するより、自分に期待し、リソースを振り向けた方がいいことになります

だって、めちゃくちゃ、政治を勉強して、時間を割いたのに選挙であまり自分の思うようにならなかったら徒労感になりませんかね?

その時間を自分の自己投資などに使えば、金につながる可能性があったのになぁと僕なら思うわけです。

もちろん、全体がそうなったら選挙システムの崩壊であるから、マズイわけですが

4 政治家批判する人たち。

あと、政治家批判をする人で「自分のほうが上手くやれる」というマウンティングのような批判をする人がいます。

そういう人には、「だったら、自分が選挙に出て上手くやれば?」と言いたくなります。

大半の外野の政治家批判の人は、プレイヤーの政治家より上手くやれないと予測します。

自分の方が上手くやれるというマウンティング的な政治家批判ではなく、純粋に政策に対する議論や批判であれば意味があるでしょう

そして、政策議論に精通すれば評論家的立場を確立できたりして、主張の精度も上がれば影響力も出てくるかもしれません。(僕は主張の精度という影響力的な立場で、教育や経営などに関与してきたと思っています)

単に、自分の方がうまくやれるという思考から、政治家批判をしている人を見ると、哀れだなと思います。

そんなことしているより自分の人生、頑張った方がいいんじゃない?と思うからです。

5 結論。

という意味で、哲学の次に、僕が有用性が低いと思っているのが政治談義の人達です。

この話を理解する人もいれば相変わらず、「政治に期待し、政治家に何とかしてもらえば自分の人生が良くなる」と勘違いする人もいるでしょう。

または、政治家批判で自分の人生の鬱憤を晴らす人もいるでしょう。

僕はマクロ的な立場では、全員が政治に無関心になるのはマズイと思いますが、ミクロな立場では個人の戦略上、自分の人生に時間を使った方がいいと思います。(とはいえ、投票ぐらいはしてもいいと思います) 

僕が、政治系の記事をあまり書かない理由は以上の理由からです。

政治の勉強に時間を割きたくないのです。

とはいえ、最低限の教養として、政治系も一応、押さえていますが本当に最低限です

ではこの辺で。(2928文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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