日本は無責任?「自己責任の範疇を超えている話 ルール打破編」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No412) 

2017年の記事です。

「自己責任の範疇、範囲を超えている話」が今回のテーマです。

「自己責任の範囲を超えるとはどういう意味?」と思った人もいるでしょう。

前回の記事の続きです。今回はルール打破編です。

「意図を持った詐欺師に騙されるのは、自己責任の範疇(はんちゅう)を超えているという話」というタイトルです。

https://hontonomedia.com/isjapanirresponsiblethestoryofbeingdeceivedbyanintentionalscammerisbeyondthescopeofselfresponsibility/

詳しく知りたい方は、続きをお読みください。

面白い内容だと思います。

短く、サクッと読める内容です。

1 前置き。

まず、自己責任原則というのは、学校からも基本的に、日本では教えられていないでしょう。(これは推測です) 

しかし、世の中は自己責任原則になっています。

この現実から、出発する必要があります。

ですが、「自己責任を超えている」という話もあります。

「意図を持った詐欺師に騙されるのは、自己責任の範疇を超えているという話」という記事に詳しく書きましたが、まだ続きがあります。

https://hontonomedia.com/isjapanirresponsiblethestoryofbeingdeceivedbyanintentionalscammerisbeyondthescopeofselfresponsibility/

2 世の中にはルールがあり、ルールが嫌なら避ける手法もある。(日本国内編と企業編)

まず、世の中にはルールがあります。

そのルールには、基本的に従わなければなりません。

ルールが嫌なら、例えば国の場合なら、「日本から出ていけばいい」となりますし、企業なら「転職しろか、辞めろ」となります。

しかしです。

企業の場合なら、ブラック企業での過労死レベルの労働なら、理不尽であり、自己責任原則を超えていると思います。

この場合、法律が守ってくれるでしょう。

3 世の中にはルールがあり、ルールが嫌なら避ける手法もある。(大学受験編)

次に、大学受験でいえば僕の例ですが、現代文、古文、漢文が大嫌いです。

一番、実用性が薄い科目(執筆力というスキルとは無関係)だ、と思っているからです。

特にセンター試験が該当します。

しかし、国立の大学(センター試験採用の私立大学でも)に受かるためには、センター国語は避けて通れません

そこで、抜け道を探します。

つまり、センター国語のない大学、例えば、慶応大学(小論文)AO入試などを狙うのです。

または、そもそも大学に進学しないで、ITなどの分野で起業という道もあるでしょう。

大学受験のルールに従わない人は、こういう道を通ればいいのです。

4 自分にあまりにも向いてないルールの中での勝負は避けるべし。

あまりにも、自分に向いてないルールの中で、勝負するのは愚策だと思います。

僕の場合、センター国語と壊滅的に相性が悪いので、国立を狙わなければいいのです。

現代文、古文、漢文がない慶應大学は狙い目でしょう。

または、大学受験をすっ飛ばして、違う分野(ITなど)で勝負をすればいいのです。

あるいは、資格系(法律や会計士など。相性が合えば)もありでしょう。

加えて、「フィクサーによる日本の教育改革本」を僕が書いた理由は、日本の後世の人のためにです。

実用性が薄い科目を勉強してばかりいたら、損じゃないですか?

センター国語しかり、歴史系科目しかり。

歴史系科目は僕は得意でしたが、あの試験方式でいいとはあまり思いません。

ただ、暗記力はついたと思います。つまり、OS力やノウハウ学力というものです。

コンテンツ学力は無意味です。

僕にはもはや、学歴なんて関係ないので。(そういう年齢です)

本を書いた理由は、後世の人のためにです。

5 ルールに従わない人の解決法。

ちなみに、ルールに従わない人にはまだ解決法があります。

それは、ルールを作る側に回るか、ルール策定者に働きかけることです。

ルールを作る側は、文科省や政治家にならないといけないので、かなりの厳しい道となりますので、僕は「フィクサーによる日本の教育改革本」で、ルール策定者に働きかける道を選びました。

企業なら、企業のルールに従わないのなら、転職か、辞めればいいのです。

過労死レベルの労働なら、理不尽なので、自己責任原則を超えていますが、そこまでのレベルじゃない場合、自己責任なので、その人の愚痴や不満は言い訳にすぎません。

愚痴や不満を言う人がよくいますが、ルールを作る側に回るか、ルール策定者に働きかけるか、日本を出ていくか、企業を辞めるか、転職するかが、問題解決法なのです

6 愚痴や不満で同情や共感されるレベルは自己責任原則を超えた理不尽レベルのみ。

愚痴や不満で同情や共感されるレベルは、自己責任原則を超えた理不尽レベルのみです。

それ以外は、その人が怠けたや判断を誤ったなどの、自己責任なのです。

もちろん、「自己責任過剰の時代」でも書きましたが、スーパーマンじゃないと、自己責任原則時代を生き抜くのは難しいです。

この過酷な自己責任過剰の時代を、少しでも有利に生きれるように、僕は情報格差を縮めるためにたくさん本を書いたのです。

それらの情報を得たうえで、後は実行力格差で、世の中での結果を求めるのがいいと思います。

実行力格差での、そもそも「努力することが才能だ」論を言ったら、元も子もありません。

努力はかなり重要であり、努力で、ノーベル賞レベルや世界NO.1レベルじゃない限り、ある程度の上位層には行けると思います。

多くの人は、ノーベル賞や世界NO.1レベルを目指しているわけではないでしょう?

ならば、努力は通用します

愚痴や不満を言う人は正直、周りに迷惑がられると思うので、この話を頭に入れた方がいいと思いますよ。

ではこの辺で。(2897文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

参考・引用文献。

https://koboblog.net/2017/03/19/rules-are-rules/

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