2020年教育改革への僕の本「僕の本「フィクサーによる日本の教育改革改革本」のちょっとした紹介」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No299)

昔の記事です。(時期は忘れました)

内容は、僕の本に盛り込めなかったものが中心です。

特に、著作権の話が多いです。

情報の整理(キュレーション)については、僕の本でも多少、触れていますが。

「著作権ってなんなの?」って思っている人には、響く記事でしょう。

僕がフィクサーである理由も少し触れています。

興味がある人は続きをお読みください。

1 抽象論と著作権の話  

僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本」のちょっとした紹介です。

僕の本は抽象論が占めています。

具体例を増やして、ページ数を水増ししませんでした。

市販の本は具体例などでページ数を水増しして、ページ数を増やし、ある程度の分量にして、本屋で立ち読みだけされて逃げられないように工夫していますが、僕の本はそうはしませんでした。

また、僕は抽象論が得意で、具体例を調べるのが、苦手な面も関係があります。

また、この本は定量データというより、定性データ(主に本。参考文献は最後に記載)を中心に練り上げたものです。

僕に、データ分析の技能がないせいもあります。 

加えて、僕の本を、他の本のつぎはぎだと言う人もいるかもしれません。

ですが、本当に独創的な主張は難しいのではないでしょうか。

そもそも、独創的とは今までに発表されたことがない主張です。

世界で一番初めに思いついたという証明は、果たして出来るのでしょうか?

もしかしたら、ハッカーなどが他人から奪って、その情報を先に発表して、自分の業績にしている可能性が現代社会ではあると僕は考えています。

未完成の執筆作品は価値があり、参考にできます。

僕はこの本を2013年頃から、書き始めています。

その間、大量に読書してきましたが、僕の後追いの情報とも取れる内容にたくさん出逢ってきました。(陰謀くさいですが、ありえる話です。根拠は秘密です)

著作権とは、表向きで最初に公式に発表した人のものに過ぎないと思ったものです。

もしくは、「考え・アイデアというものは似るもの」だとも言えるでしょう。

また、音楽や映画や漫画やドラマや小説などは、「全体でひとつの作品」だと言えるでしょう。

部分だけをパクっても、整合性の取れた全体のひとつの作品とはならないのです。

したがって、これらの作品は一部や作っている途中のものがパクられても、それほど痛手はないです。

ですが、ビジネス書や論文の場合、一部でもパクることが可能です。

もちろん、ビジネス書もひとつの本として見た場合、全体で整合性が取れてなければなりません。

ですが、一部や途中の箇所をパクって取り入れることはできます。

引用元を示せば(もしくは、参考文献を掲載すれば)、誠意がありますが、それすら示さない著者はいると思いますし、そもそも、アイデアは似ますから、気付かずにパクっていることもあるでしょう。

著作権とは、このように曖昧なのです。

著作権をある程度、実用的にしたいなら、すべての本の情報を検索できるようにしないといけません。しかも、内容ごとにです。

この技術を採用しようという動きがあるようです。(この文章は2015年には書いていましたから、著作権の全文検索サービスも、僕の後追いの内容なのです)

そもそも「フィクサーによる日本の教育改革本」というタイトルからして、僕が実はネタ元であり、それを政府やメディアが採用していると、暗に僕はほのめかしています。

根拠は秘密です。

自分の思いついたアイデアが先に書かれているかどうか調べることが可能な、すべての情報を記録したサイトが必要です。

それは本のタイトルだけでなく、内容も検索できないと意味がありません。

内容はさすがに、検索キーワードだけでは難しそうです。

そういう環境が整った上でなら、著作権も意味があると思います。

思いついたアイデアを、まずは検索できるからです。

そして、存在したなら、引用元を示すか、参考文献を掲載します。

ですが、この環境は実現できていないので、著作権はなるべく早く発表した発案者の権利を守るための建前の概念であると思います。

パクリOKという設定になると、秩序が乱れます。

アイデアは似るので、先に自分が発案した、と言い張ることもできます。

本当は、本やどこかから、奪った情報なのかもしれないのにです。

引用元(や参考文献を掲載)をつけるのは、そういう意味で誠意があります。

僕が参考・引用文献を毎回、つけるのも、著者に対して、誠意を示すためです

ちなみに、商標登録については、2015年3月23日から開始された「特許情報プラットフォーム」というウェブサービスを使って調査できるようです。

2 パクリ経済の本の要約

著作権、特許などの話題については、「パクリ経済」という本を参考にし、提言をまとめたので読んでみてください。

以下、要約です。(長いですが、有用な情報です)

創造、イノベーションが、コピー(模倣)によって妨害される懸念があるから、著作権や特許があります。

コピーが容易なら、創造者として振る舞うのは損になるでしょう。

追随した方が得です。

保護しすぎる懸念点として、競争が少なくなることが挙げられます。

新参者が入りにくくなるのです。

よって、消費者は高い値段で買わされる可能性が高くなります。

では、著作権などで保護されない世界では、どうなっているのでしょうか?

コピーが許される世界ですが、実はそこではイノベーションが加速しています。

例として、ファッション、コンピュータ・データベース産業、金融、フォントデザイン、コメディ、レシピ、アメフトなどが挙げられます。

それらは制作する費用が比較的安いので、著作権者の保護がなされていないという指摘もあります。

製薬などのように莫大な金額が必要になると、保護しなければ制作費が回収できません。

それだと、イノベーションが止まる恐れがあります。

しかし、こうも考えられます。

コピーが容易になっても、制作費用が回収できるか、もしくは利益が増大するなら、著作権や特許で守る正当性が薄れます

果たして、コピーが容易になっても制作費用が回収でき、利益が増大するのか?が著作権や特許の正当性の焦点となるでしょう。

また、予想される収益を高く見積もることや、技術革新によって創作する費用が減れば、イノベーションが止まることはないとも見られています。

前者は、人々は楽観的であり、自分の創作物は高く売れると見積もりやすいということです。

後者は、音楽も書籍もiTunesやAmazonなどで販売できるようになり、制作費用が格段に下がっている事例があります。

創作費用が安く済めば、売り出す価格も安くなり、コピーされる懸念も減ります。 

アップルのiTunesは、違法コピーがあっても売れています。

安いので、違法コピーが割に合わないのです。

流行させるためには、コピーの存在が必要です。

模倣者が現れて、流行り始めたと人は感じるからです。

食やファッションやフォントなどが例です。

音楽業界では、著作権侵害している人でさえ利用して、コピーを流行りの象徴として、宣伝し、オリジナルを売ろうとします。

いくつかの産業では、創作者や所有者がその財を製品ではなく、パフォーマンスであると再定義することで、コピーの悪影響を鈍らせました。

そしてそれにより、コピーによる経済的成功への影響を低減させました。

製品によっては、完璧にコピーできないものもあります。

デジタルではない製品、つまり、手作りなどは、完璧にコピーできません。

体験もコピー不可能です。ライブや映画館や高級飲食店などです。

IBMはリナックスに投資することで、MicrosoftのサーバOSの独占を防ごうとしています。

GoogleはAndroidに投資することで、Appleの独占を防ぎ、Googleの検索をたくさん使ってもらおうと目論んでいます。

オープンソースは著作権者による支配をなくし、改変自由にし、皆で共有して使おうという精神です。

著作権も特許も永遠ではありません。いずれ、コピー可能になります。

著作権や特許が存在しているのは、先行者の利益を持続するイノベーションの動機づけとして、十分な大きさになるように調整するためです。

ファッションの世界では、先行者利益はそれなりにあります。

何が売れるかは予測しづらい上に、流行の廃れも早いので、コピーする者たちも賭けになってしまうのです。

コピーしていては、遅れを取ります。

それならば、先行者になった方が早いかもしれません。

データベース産業(ソフトウェアもそう)も、先行者利益があります。

操作するのに慣れるのに時間がかかるので、一度慣れたら、他に浮気する誘因を持ちづらいのです。

先行者のデータベースをそのまま使うのです。

また、先行者として普及させれば、利用者が多くなるので、追随者のソフトなどを使わせるのは難しいです。

先行者利益が強い世界では、著作権や特許などに守られなくても、率先して創造しようとするのです。

ブランド(商標法で保護されている)とは、たくさんの商品の中から、最短で顧客が見つけるためのショートカットです。

ブランド品なら安心であり、いちいち迷うこともなく時間などの節約になります。

また、一度ブランドを確立できれば、同等のコピー製品にも打ち勝てます。

ブランドが重要視される世界では、著作権や特許がなくても、マーケットシェアや価格決定力などはなくならないのです。

また、ブランドの世界では、コピーは宣伝にさえなります。

偽物のブランドバックは、それを買えない顧客がたくさんいるというメッセージになるのです。

偽物のハンドバックを買った40%の顧客が、最終的に本物を買ったというデータもあります。

つまり、偽物の存在が、本物の製品への購入へのお試し品となっています。

ちなみに、アメリカと日本では著作権などの法律の事情が若干、異なっているのは留意しておきたいところです。

アメリカは訴訟社会で、日本はそうではないという点も気にかけておきたいです。

以上、本の内容をコンパクトにまとめました。

他の主張も書かれているので興味ある方は、「パクリ経済」の一読をお勧めします。

3 情報の整理の価値

僕の本は、参考文献からかなりアイデアを借りました。

参考文献を掲載したり、引用元を示したりしたのは、著者に敬意を示したためです。

ちなみに引用は多少、内容ではなく、文体や形式や長さを変えていることはご承知ください。 

話を戻します。

独創性は大事ですが、その証明が非常に難しいです。(表向きは、発表の時点が大事とのこと)

ならば、独創性に拘るばかりでなく、情報の整理(キュレーション)という価値もありだと僕は思いました。

情報が整理されると、頭の中が整理されて、新しい発想が浮かびやすくなる効能があります。

僕は大量の読書をして、アイデアを借りたり、整合性が取れるようにしてまとめあげ、主張も織り交ぜて、本として完成させたつもりです。

普段、読書量が少ない人にとっては、頭の中が整理されると思います。

これが僕の本の価値です。

全体図、俯瞰図であり、人生の指南書(心的イメージ養成書)であり、キュレーションされた(情報の整理)という立ち位置です。

正直、かなりの力作です。

僕はビジネス書の相場を熟知していますが、僕の本に匹敵する本はほぼ見かけません。

それくらいの内容の本です。

自画自賛ではなく、客観的に相場観により、判断したつもりです。

9割の人が「誰が言うのか」で判断するのですが、1割の賢明な読者は読めば、食わず嫌い、経歴などでフィルターにかけずに、本当に読んで良かったと思ってもらえると思います。

追記。

2015年当時では画期的な本であったが、2019年現在、僕の本をパクった市販本が大量に出ており、僕の本としての新規性がかなり薄れました。

ですが、あなたは無料で、ブログで僕の本を読めるのですから、ラッキーだと思いますよ。

ではこの辺で。(5192文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

参考・引用文献。

「パクリ経済」

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