人を評価することの難しさ「本、仕事、Youtubeなど、あらゆることの評価の難しさ」

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No266)

突然ですが、人は皆、「独自の評価基準」を持っています。

その「独自の評価基準」は、自分の人生経験や読書など、あらゆるものから形作られます。

皆、独自のモノサシ、つまりサングラスをかけて、世の中を見て、評価を下すわけです。

こういう評価基準は、大学入試のセンター試験のように点数化して、定量化できることもあります。

しかし、世の中は定量化できることばかりではなく、定性的だけど、重要なことも多いのです。

定量化しにくい面として、創造力やコミュ力などは典型例です。

例えば、論文、芸術作品、ビジネスセンス、営業マンやYoutuber、ライターなどあります。

それぞれ、論文引用回数(または大学教授の採点)、小説などの賞ビジネスコンテスト(または、実際に起業や新規事業で結果を出す)、営業成績として結果を出すYoutuberとして結果を出す(しかし、Youtuberの読者数・再生回数だけでは実力は測りづらいともいえます)、PVなど、になるでしょうか。

どうしても、採点者や評価者の「主観や人生観や価値観」が入り込んでしまう面があるのです。

営業マンは比較的、数字に出やすいですが、それでも看板がない中小企業に所属したり、詐欺商品を売るとなると、実力を発揮できなくなることはあります。

Youtuberは実力があっても、知られるまでに時間がかかり、埋もれる場合もあると思います。(逆に、芸能人がYoutubeに参入すると、実力云々というより、一気に認知されて、再生回数が稼げます)

このように、結果だけで評価することにおいて、安易な分野もあるのです。

逆に、スポーツ(ボクシングは微妙な判定も多そう)や、将棋や囲碁TOEICなどになると、点数化、定量化しやすいといえます。

なぜ、このような話になったかというと、いかに、僕たちは、自分のモノサシで人を評価するのか?と士業の人との議論で、気づいたからです。

詳しく書いていきますので、興味がある人は続きをお読みください。

1 Yotuberの話がきっかけ。

このような、人を評価することの難しさについて改めて、気づきを得たきっかけが、士業の人とのDaiGoに対する評価での論争からでした。

僕は、Youtuberのプレゼン力について、DaiGoとN国党の立花さんとマコなり社長に10点満点9点にイケハヤ氏、8点にやまもとりゅうけん氏やホリエモン、7点にマナブさんなどを考えていました。(10点満点評価です)

DaiGoの凄さは、編集なしのプレゼン力です。編集なしで、あそこまで喋る人はかなり貴重人材だと思ったからです。(ニコニコ動画でも普通に1時間以上喋りますからね)

僕のYoutuberやニコ生主の評価ポイントとして、特に、「1 コンテンツの独自性・実用性」「2 興味を惹かせるプレゼン力」を考えています。

他にも、評価基準はあると思いますが、この2点は特に、重要項目だと思ったのです。

そして、重み付けは、1の「コンテンツの独自性・実用性」が7割、2の「興味を惹かせるプレゼン力」が3割というのが僕の意見です。

テレビの通販番組の「ジャパネットたかたの社長」が過去にいましたが、甲高い声で喋り、かなり興味を惹きつけていたと思います。

DaiGoも高めの声であり、早口であり、わかりやすく話していると僕は思っています。

N国党の立花さんも、抑揚が効いていて、引き込まれるプレゼン力、演説力があります。

マコなり社長は、編集がされているので、素の実力は若干、分かりづらいですが、編集も実力と見なせば、10点満点でしょう。(マコなり社長に対する評価では士業の人と、高めの点数という点で一致しています。立花さんに対する評価も、高めで一致しています)

そして、DaiGoは編集した動画を最近、挙げました。

「今まで絶対にやらなかった動画」というタイトルです。

そして、士業の人は、この編集済みの動画でも、DaiGoには7点ぐらいしかつけられないと言います。(編集しなかったら、6点以下ということでしょう)

最近、DaiGoは早口をやめて、ゆっくりめに喋っていて、有能さというアピールは消えました。(これは、わざと遅く喋っていると思います。理由は遅い層に合わせたということです。早く聞きたい人は1.5倍速などにすればいいだけですから)

僕の評価ではmanabuさんは7点なので、DaiGoはmanabuさんより、低いプレゼン力、または動画の完成度ということですよね?

僕は士業の人が、あまりに評価を低くつけていることに愕然としました。

では、その士業の人に対し、「どんな動画に高い点数をつけるの?」と聞いたら、以下の動画を挙げました。

「【書評】トレーダーはどう生きるべきか?小説「欲望と幻想の市場」は初心者なら読むべき一冊です」というタイトルです。

これを見た瞬間、話し方はまぁまぁ悪くないですが、抑揚が弱いのと、低めの声なので、人を惹きつける強力な面は弱いと思いました。

士業の人がいうのは、コンテンツは素晴らしいそうですが、僕はトレードに興味がなく、聞いていて、眠くなってきました。

つまり、トレードに興味がない人にも、面白く、惹きつけるように話さないと、飽きてしまうということです。

士業の人は、トレードには興味がありますし、重要度が高いと判断し(前提知識も多い)、一生懸命に聞けるのでしょう。

つまり、士業の人には「重要度が高い」というバイアスやサングラスがかかった上で、動画を評価しているというわけです。

このことを言ったら、違う動画を勧められたので、見てみました。以下です。

 「【解説】これ知らないとヤバい行動経済学【行動経済学「直近バイアス」】」というタイトルです。

「トレードとは関係が薄い、行動経済学の話だから!」と言われたので、見ましたが、小難しいコンテンツだなぁと思いました。

この動画は、トレードに興味がない人は見ないでしょうw

DaiGoの心理学動画も、興味がない人は見ないという意味では同じでしょうが。

つまり、僕らは、「どれを重要視するか?」というバイアスが無意識にかかっているのです。

それは、自分ごと化していること、例えば、仕事関係や、直面している困りごとなど、自分に関係がある案件だけに、関心が向くということです。

僕は、コミュ力は重要だと思っており、DaiGoのコンテンツは重要だと思っているからこそ、高めに評価しているのかもしれません。

加えて、士業の人は、そこまでコミュ力を重要視していないのかもしれません。

士業の人が勧めてきた動画の種類や価値については、トレードについて詳しくないので、評価はしませんが、プレゼン力については7、8点くらいかなぁという印象です。

僕の評価基準でいえば、やまもとりゅうけん氏か、ホリエモンぐらいでしょうかね。

もちろん、8点レベルの人は凄いと思います。僕が偉そうに言える立場じゃありません。

僕の場合、人と話す場合のプレゼン力は7点以上ある気がしますが、1人で話す場合は5点ぐらいになると自覚しており、一人で話して8点になるホリエモンは凄いと思います。

ですが、今回は士業の人からDaiGoがあまりにも低めに評価されており、よく分からないというのが論点であり、「採点者の主観が入る評価」というのは難しいなぁと思ったのです。 

2 DaiGoを嫌う人達と士業の人の不満ポイント。

または、DaiGoの場合、スカイプちゃんねるで、僕が聞いた経験によると、10人くらいは「あまり好きじゃない」と言っている人がいました。

理由として、1 DaiGoの髪を触る仕草などがナルシストっぽくて嫌だ(男の意見1人)、2 DaiGoの決めつけて話すスタイルが嫌だ(女性の意見2人) などがありました。

DaiGoを嫌う人も世の中にはいるのだなぁと思いました。

僕はDaiGoは嫌いじゃないですし、どちらかといえば有能な人物であり、好きな部類の人だと思っています。

ただ、DaiGoのニコニコ動画での12月14日の「忘年会コラボ放送」はいただけなかったです。

あれは「DaiGoと身内の自己満足の放送」であり、僕は何の有用性も感じられず、約2時間ぐらい聞いていて、駄本を読んでいるのと同じ感覚を持ちました。

駄本の場合、価値がないと途中で分かれば損切りしますが、DaiGoの放送は「何かあるかも?」と期待して、最後まで見て、結局、何も得られませんでした。

まぁDaiGoの放送、コンテンツの中の1例だけであり、過去、こんな不満を持ったコンテンツはほぼなかったので、たまたまでしょう。

僕の中では、DaiGoのニコニコ動画の99%のコンテンツは今のところ、駄本レベルじゃないです。

ここで話を変えます。

士業の人の不満として、DaiGoのコンテンツは、例えば「1時間分なら、もっと短く、10分ぐらいにできるはずだ!」と言うのです。

僕は、士業の人に「おいおい、それだと要約版じゃね?」と言いました。

要約版のコンテンツは、本質を理解できない可能性が高く、応用も効きづらいから、僕は嫌いです。

無駄な細かい説明部分をある程度、経験、聴いてから、あとで要約して、まとめて、そこだけ見直す使い方はありだと思います。

ですが、最初から要約バージョンを見せられても、しっかり深く理解できないと思うからです。

この点が、士業の人とは意見が不一致でした。

まぁ、DaiGoの動画はネットフリックス化し、長い動画も、しおり機能がつくそうなので、ある程度、解決へ向かうでしょう。

また、2点目の士業の人の不満として、「テロップをつけたり、編集はしないの?」というのがあります。

僕は「そこまで必要かねー」と思いましたが、不満を持っている人達もいそうなので、アンケートを取るのもありかもしれませんね。

ここでさらに話を変えます。

歌手の場合、声質ってかなり重要ポイントです。

音楽は「ずっと聴いていたい声」があるのです。

これは持って生まれた才能でしょう。

Youtuberもそういう声質という面があり、嫌悪感を持たれる声だと活躍が厳しいかもしれません。

3 本の話。

最後に、本の話をします。

僕は、ツイッター書評をしていますが、5点満点で、高い順に「4.5点、4点、3.5点、3点、評価不能」としています。

5点はつけないようにしています。また、3点以上は「買い推奨本」です。

さらに、評価不能は、「読む価値がないか、僕の価値観では評価しきれない本」という位置づけです。

評価不能の本は、読者自ら、立ち読みなどして、確かめてくださいということです。

もちろん、低い点数だから、評価不能にしていることもありますし、低い点数をつけるとクレームが嫌なので、この表現にしました。

さて、この本の評価基準にも、当然、僕の主観や価値観などが紛れ込んでいます。

前提知識の量も違います。

僕のあくまで個人的な主観による評価点数というわけです。

評価ポイントとしては、やはり、「1 コンテンツの独自性・実用性」「2 文体、文章量、読み応え、難易度など、主に表現面での評価」が主な項目です。

重み付けとしては1に7割、2に3割という感じでしょうか。

Youtuberの評価とあまり変わりません。

コンテンツありきの評価です。文体も上手いに越したことはありませんが、中身がなければ読む価値はありません。

あとは、「どれだけ付箋を貼ったか、つまり役立つ点や新規性が多いか」も評価ポイントです。

僕の前提知識はかなり多いので、よほどの情報じゃなければ、付箋を貼りません。

付箋を多く貼ったということは、僕にとっては既知じゃなく、未知の情報が多く、得られたことが多かったということになります。

もちろん、僕の専門外の本は、前提知識が少ないですから、付箋は多く貼りがちになりますので、「この本は初心者向けなのか、中級者以上向けなのか」ぐらいは判断軸として入れています。

僕の専門分野の本で、僕自身には既知情報が多く、付箋をあまり貼らなくても、初心者用に上手くまとまっていて、価値が高い本は「3点以上はつける」という調整をします。

専門外の本は、僕の場合なら付箋を多く貼るでしょうが、「専門外の人にもわかりやすく伝えているか?」に評価ポイントを特に置きます。

また、付箋を貼る箇所が仮に数箇所(1〜4ぐらい?)であり、それがけっこう重要ポイントだとしても、何百ページもあるのに、数箇所しか読む価値がなかったというのであれば、評価不能と僕はします。

分量の割に、得られるポイントが少なすぎるからです。

さて、僕が対象としている分野はかなり幅広く、冊数もかなり多く読んできたので、書評家としては、「扱えるジャンルが多い上に、精度が高いのでは?」と自負しています。

ともかく、人が評価するということは、ズレが必ず生じるので、見る目がある人に評価させた方がいいということと、1人じゃなく、多人数での評価も重要ということが言えます。

論文や本の評価においては、僕の提唱する論文プラットフォームや、Amazonのレビューなど(これは業者やサクラも多い)、多人数による評価が採点者の主観や価値観が混じる分野においては必須ということです。

何回も繰り返しますが、人は自分ごととしていて、自分に関わりがあり、重要事と見なしている考えや思想や価値観などを、特に高めに評価します。

さらに、採点者には理解不能で、前提知識も少なく、想像もつかない内容はもしかしたら、低めの評価をつけるか、または誠実な人は「評価不能」として、中立にするかもしれません。

天才の思考は、凡人には理解不能なことが多いですし、評価もしない、できない、または変人だ!と見なすことも多そうです。

人を評価することはかなり難しいという話でした。

ではこの辺で。(6058文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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