2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本8 第9章」PART2

どうも、「ホントのメディア」~自由人のための起業・フリーランス・副業塾~運営者の武信です。(No183)

2020年教育改革への僕の本「フィクサーによる日本の教育改革本8 第9章」PART2です。

構想約5年以上!総文字数約31万2000文字以上の執筆物です。

フィクサーだと僕が思う理由は、2014年頃(正確には2013年頃から着手)から、この本を書き始めており、それと連動して日本の教育改革も進んだことが、まず挙げられます。

また、それ以上の確固たる証拠もありますが、それは伏せることにします。(本が1冊書けるほどの情報量になります) 

第9章 「大学入試で日米間に差がついていると思われているが本当だろうか?」

 

4 日本企業の現状とその他

日本の大学生が、勉強や専門知識を深めなくても問題なかったのは、企業が徹底的に訓練するつもりだったからです。

手間のかかる育成が可能だったのも、資金が豊富にあったからです。

また、終身雇用が理想であり、訓練後に社員が離職や転職することはないと考えており、自社で長期間働きそうな社員に訓練を施しても、中途で辞めないので、ムダではないと捉えていました。

しかし、ここ20年間ほどで環境は大きく変化しました。

資金の余裕度は下がり、雇用においても解雇や転職を行ってもよい、と考え始めました。

つまり、企業が自前で社員に訓練を施すよりも、即戦力を求め始めたのです。

即戦力ならば、大学である程度の訓練を施してもらったほうが良いでしょう。

企業は大学院修了者をもっと採用すべきかもしれないです。

今の日本の企業では、大学院修了者は頭でっかちで、使い勝手が悪いと捉えられています。

若くて元気で真っ白な学部卒の若者を、一から鍛えたいのです。

体育会系が重宝されたのは、そういう理由からです。

アメリカの大学生が猛勉強している理由は、大学院に入るために相当ハイレベルな成績を求められ、かつハイレベルな成績を取れば、ハーバードのビジネススクールやロースクールにも進学可能であり、アメリカの企業が一流大学院の修了者を採用対象の中心にするからです。

日本も大学院重視策を取れば、大学生がきちんと勉強するようになるかもしれません。

課題は、奨学金制度の貧困さや、大学院卒を優遇する制度の定着に時間がかかることでしょう。

5 日本の大学生の勉強が少ない理由(追加)

日本の大学生の勉強が少ない理由は、まだあります。

アルバイトに忙しい点です。

高い学費と生活費を捻出するためです。遊興費のためもありますが。

高い学費の解決策は、国家に期待せざるを得ません。

大都市地域の学生(特に自宅外の学生)の生活費は高く、働く場所が豊富です。

大都市地域の大学に進学する理由は、アルバイトの容易さもあるでしょう。

企業側の問題だけでなく、大学にも問題があります。

大半の大学教員は研究ばかりで、教え方が下手なのです。

偏差値の低い下位高は、教育を重視すべきかもしれません。

アメリカは奨学金の基準が厳しいです。

奨学生は相応の学力をシビアに求められ、基準を満たさないと、家が貧しかろうが親が病気であろうが、容赦なく援助を打ち切られます。

日本の大学も、学生を追い込むべきでしょう。

6 エリートとアメリカとシステムの話

さて、日本の大学生が、いかに勉強や読書をしないかが判明しました。

そして、日本の大学生が勉強しない理由は、企業側と大学側、また学生(アルバイトなど)にもあることも分かりました。

ただ、イノベーターは一部のエリートが中心になればいいので、日本の高学歴層がアメリカのエリート大学と比べて読書量(勉強量)が劣っていなければ、問題ないかもしれません。

しかし、エリート以外の大学においては、日米で差がついているようです。

日本の高学歴層が、アメリカのエリート層と遜色ないレベルまで、読書(勉強)しているかどうかについては僕は知りません。

後の要因として、アメリカが世界各国から優秀な人材を呼び寄せている点が大きいと思われます。

日本ではアメリカと比べたら、留学生の数は少ないです。

アメリカには、各国の偏差値70の人材が集まってくるのです。

野球で言えば大リーグのようなもの。

日本の一流の野球選手が大リーグに挑戦するように、アメリカに各国の一流学生がやってきます。

ともかく、人材の質でアメリカに負けていると思われます。後は資金力でしょうか。

日本の立ち位置をどうするか?真剣に考える時代です。

大学入試で差がつくより、大学入学後の読書量(勉強量)の差(特に文系)と、各国から優秀な人材を集めていること、そして起業の文化が大きいと予測します。

また、大学生が勉強しない理由は、企業などが絡む構造的問題だとも言えるでしょう。

もちろん、大学入試も変える必要はあると僕は考えます。

また、今の日本の大学入試の成績上位層は、未来の大学入試が、思考力重視や小論文や面接重視にシフトしたとして、将来その大学入試を受けるとしても、上位層の顔ぶれはあまり変わらないと感じます。

理由は、頑張る奴はどんなシステムでも適応し、頑張るからです

WBCの野球で第1回で日本が優勝し、第2回でシステムが大幅に変わりましたが、それでも日本は優勝しました。

第3回、第4回は大リーグ組がほぼ参加しなかったので、優勝はできませんでしたが。(第4回は青木選手1人だけ)

ですが、上位層の顔ぶれが変わらないからといって、大学入試の内容を時代に合わせて変えないことは良くないです。

インプットの質が変わるからです。

7 大学入試システムの背景、問題点など

ノウハウは意味がありますが、コンテンツは意味がないと言われてきました。

コンテンツもそれなりに、意味があるようにすべきでしょう。学生の大切な貴重な時間なのです。

経営系・ビジネスの適性とコミュ力を測るように、大学入試をシフトさせることはおそらく難しいでしょう。

高校時代を見て推薦なら、ある程度可能かもしれませんが。

大学入試はそもそも学問の適性を測るので、経営系・ビジネスの適性は、商学部や経営学部ぐらいでしか見ることができません。

コミュ力といっても、営業力やマネジメント力など、短時間の面接では見ることができないでしょう。

単に、ノンバーバルを少し見ることができるだけです。

インプット(知識)偏重は修正できる可能性はありますが、マーク式では限度があり、本格的に見たいなら、小論文になります。

その小論文は採点者の主観が入るので、公平さが消えます。

日本の大学入試は公平で点数が高ければ合格で、生まれも育ちも金もコネも関係ありません。(と書きましたが、2019年11月ごろに、教育格差が日本には歴然として、存在することを僕は認識しました。日本の大学入試はまったく公平じゃなかったのです)

アメリカではそのどれもが関係します。もっとも、それが合理的なのでしょう。

生まれ・育ち・金がある家庭に育てば、子どもも立派に育ちやすいからです。

日本では公平さは担保していますが、いい人材を採るのに手段を選ばない合理的な考え(生まれ・育ち・金が良い子どもを育てる)は捨てています。

大学が公平さを捨てて、経済合理性で良い人材を採る方向にシフトできるのでしょうか?

良い人材を採りたいなら、手段を選ばず、高校時代からずっと見て小論文、面接も課すのが良いでしょう。

もちろん、基礎的なSATのような試験は受けさせます。

日本の大学は心の底から、ペーパーテストで上位の人を入学させたいと思っているのでしょうか?

その人を面接やあらゆる方法で見ずに?

企業は解雇が大変なので慎重に人を採用します。

そして、企業の生き残りが懸かっているので真剣です。

日本の大学は公平さを言い訳にして、真剣に選ぼうと思っていないのではないでしょうか?

また、学問の適性しか見ることができない限界(大学教授は学問の王者である)と、選抜コストがかかるのも原因でしょう。

大学にも、人事部みたいな部署を作ったらどうでしょうか?

採用担当みたいなものです。

彼らに、各大学にふさわしい学生かどうか判断してもらうのです。

そして、選んだ責任をちゃんと事後評価して取らせます。

大学入試は従来通りに行いながらです。コンテンツの改善を兼ねて。

これらの問題を画期的な改善案で解決したいと思い、第15章で提案しました。

「日本論文プラットフォーム」案です。

日本の教育改革の秘密兵器かもしれません。

大学入試、大学での教育を改善する案です。

ではこの辺で。(3954文字)

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・Youtube動画などを基にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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