白か黒か?思考「なぜ人は「勝つか負けるか」「受かるか落ちるか」などの二元論で考えがちなのか?」

どうも、武信です。(No86)

 

突然ですが、人は二元論で考えがちな生き物です。「白黒はっきりさせたい人」もけっこういるでしょう。

 

本当はコンピュータこそが「白黒思考」であり、0か1のデジタルからすべて成り立っており、人間の強みは0か1じゃない「曖昧な思考」ができることなのですけどね。

 

しかし、「白黒思考」の人もそれなりにいると思ったので今回の記事を書きました。

「曖昧さが許せない、気持ち悪い」という人はぜひ読んでみると何かが得られるかもしれません。

 

今回は短い記事です。サクッと読めます。

 

1 所詮、人間界での争いに過ぎない。

世の中の人は二元論的なものの考え方「善か悪」「陰と陽」、果ては「勝つか負けるか」「受かるか落ちるか」などで考えがちだと感じます。

 

しかし、世の中の真実はその間にあるグレーゾーンなのではないか?というのが僕の見立てです。

 

確かに「勝つか負けるか」で勝敗は一応決定します。しかし、人間界という人間が価値観・ルールを設定した世界での勝負事に過ぎません。

 

走ることでいえばウサイン・ボルトは頂点ですが、動物のチーターには負けます。動物界のルールを適用すると、人間で負ける人はかなり多くなります。

 

所詮、人間の価値観・ルールで設定した世界(人間界と呼びます)の枠の中での争いなのです。

 

2 世の中の真実はグレーゾーンであり、確率論であり、割合である。

話が変わりますが、ついてきてください。

 

受験でも「受かるか落ちるか」で人生が激変します。

 

絶対評価のTOEICのスコア制なら「受かるか落ちるか」という二元論で、努力や実力が示されていません。

 

しかし、大半の試験や資格は「受かるか落ちるか」を採用しており、ギリギリ落ちた人の努力はまったく考慮されない、つまりグレーゾーンは無視されます。

 

また裁判にせよ判決の際は、有罪か無罪かが決まります。

 

本当は情状酌量の余地があったり、全て犯人に完全に非があるわけでもないケースもあるはずなのに、有罪となります。

 

つまり、本当の真実はグレーゾーンにあり、確率論であり割合だと僕は思っています。

 

世の中の意見の大半は割合的に確率的に、多数派やある%以上なら「こう言える」ということに過ぎないと思っています。

 

社会科学のほとんどの主張は可能性として確率として何%正しいと言えるかという仮説であり(自然科学も厳密には仮説ですが)、「完全に正しい」「完全に間違っている」と言えるケースは少ないのではないか?と考えています。

 

3 折衷案が現実的&意思決定においてはやるかやらないかの二択。

続きです。

 

折衷案もありますしね。

原発ゼロではなく原発比率を徐々に下げるなどが折衷案です。

 

そしてこの折衷案の方が現実的です。

 

ただし意思決定においては最終的には「やるかやらないか」の二択であり確率や可能性は意味が薄れます。

 

孫正義氏によると7割勝てる見込みがあれば動くそうです。

 

孫さんも確率として考えており7割に達したら動く・やるに賭けるのです。

 

やるかやらないかの決断の背後には確率があったのです。

 

表面的に見たら「やっているし動いており決断力がある」と見られますが、実は背後には確率的に7割というラインがあるのです。

 

このように二元論で考えるのは単純過ぎる思考であり、グレーゾーン・確率・割合などを考えて意思決定する必要があると思います。

 

二元論で考えがちな人は注意した方がいいかもしれませんね。

 

ではこの辺で。(1682文字)

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。  

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