ブログ批判「ちきりんの「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ」の記事を読んで」「副題 AともいえるがBともいえるという曖昧な答えを皆さんは悪いと思いますか?」

どうも、武信です。(No13)

 

読解力強化サイトでもあります。難易度は5段階評価で、今回は1です。問題が一番下にあります。

 

「君はこの文章を正確に読み解くことができるか!?」(初代ガンダムのパクリです)

 

さて、ブログ批判「ちきりんの「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ」の記事を読んで」というタイトルで話していきますね。

昔の記事なので内容が稚拙です。今は内容が濃い文章を書く人でも昔はこういう記事を書いていたという教訓、参考にして欲しいなぁと思い、敢えて載せます。2014年2月の記事です。

 

ちきりんの記事を要約して、僕が反論や意見を言う形式です。つまり小論文のテストと同じですね。

抽象的な意見の言い合いであり、分かりづらいと感じる人もいるかもしれません。

読んでみて、新たな視点が加わったなら、僕としても嬉しいです。

では書いていきます。

 

1 「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ」の記事の要約。

まず記事を要約します。

「「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ」というタイトルです。

https://chikirin.hatenablog.com/entries/2013/11/23

 

ちきりんが「Aだ」と結論を述べた時、根拠がないけど「Aじゃない」と言う人はまだマシ。

「いやBだ」と言う人は自分の頭で考えている。一番つまらない意見は「Aとも言えるがBとも言える」っていう発言。

 

「大企業が合う人もいるし、合わない人もいる」や「学校が役に立つかどうかは人によって違う」というのは結論を下してない。ちきりんは言う。これらの意見は客観的なのではなく決断をしてないだけだと。

要約は以上です。

 

2 僕の意見。

要約を終えて理解した後に、僕の意見です。

 

こういう意見を言うならばちきりんは炎上も反論も恐れてないことになります。自分の意見を持っていると思っているからです。

世の中は多様であり、結論が一つに落ち着くことはあまりありません。

つまり、ちきりんが一番嫌う「AともいえるがBともいえる」が多いのが世の中なのです。

 

さて、その複数の中の正解から1つを選んで発言しているのがちきりんの意識なのですから反論されるのも想定内でしょう。

ですがちきりんは自分の意見を言いっぱなしにしており、自分の意見を擁護する発言だけを取り上げることが多いのは問題だと思うのです。

 

自分の意見はこれだ!と決めつけているからです。ちきりんは他人の反論を受け付けない人です。

「ちきりんは論争が目的じゃない」みたいな発言をしていました。

 

論争が目的じゃなく反論を受け付けません。それで多様な正解の中から一つを選んで自分の意見だとちきりんは主張します。

 

★ちきりんの当時のツイッターでの論争に僕が感じた感想でしょうね。。。

 

3 僕の意見2 

僕の意見の続きです。

 

これって「独善的」というのではないでしょうか?

世の中は複雑であり、多様なのだから「答えは、A、B、C、D etc」となるはずです。

 

その中から自分の生き方や価値観と照らしあわせてちきりんは例えばBを選ぶわけです。

ちきりんがAやCの意見を認めないのは自由ですが(ちきりんはAでもCでもあるという意見は嫌い。決定してないから)、ならばBという意見を押し付けるべきではないのです。

 

世の中には正解がいくつもあります。

ちきりんがBという意見を言ったのなら「参考にしてください」というスタンスであるべきでしょう。

AやDの意見を持つ人の反論も受け付けないのですからね。

 

一番いい答え方は正解の選択肢は「A、B、C、Dの4つありますが私はAを選びます」という発言でしょう。

 

反論者も「B、C、Dの答えまで想定していながら敢えてAを選んでいる」のなら多少納得するのではないでしょうか。

 

「大企業が合う人は組織に従順に従う、イノベーション意識のない人だ」と言う人がいるとしましょう。

それに対して「大企業は合う人もいれば合わない人もいる」という答えは確かに良くないです。「人それぞれ」という意見は当たり前だからです。

 

例外はどの主張にも存在します。

要は確率論なのです。

 

「大企業に合う人、所属している人は確率的に組織に従順だから耐えられるのでありイノベーション意識がない人が比較的多い」という主張なのです。

 

これに対して「大企業に所属している人でもイノベーション意識がある人はいます。組織に逆らう人もいます」という反論もあります。

ですがこれも確率論なのです。

 

どちらの確率が多いかに過ぎません。つまり主張は平行線をたどります。

正解はこの場合「AでもありBでもあるがAの確率のほうが高いということに過ぎない」というものです。

 

つまり主張というのは「どれだけの人が占めているか?多数派か?ということが正当性」なのです。

民衆主義なのですから。

 

自分が少数派に属する主張だとしたら正しいとしても民主主義では肩身が狭い思いをします。

 

★ちきりんが最も嫌う「Aとも言えるがBとも言える」は実は世の中において多い意見であり、さらに僕が最も良い答え方と考えているのは「AでもありBでもあるがAの確率のほうが高いということに過ぎない」という主張ですね

 

4 教育の多様性。

ここで論点をずらします。いきなりですいません。

 

教育の場合、多様性が大事だと思います。

学校それぞれで教育方針が異なっていていいのです。

 

そして、競争させます。早稲田の歴史のマークシート方式で問題集の頻度1まで出す試験を批判してもいいのですがその早稲田の信念は許容すべきです。

 

早稲田が輩出する人材の質が低ければそれは企業が雇わなくなるだけであり、自業自得ですから。

ただし義務教育の段階ではある程度、教育方針を統一しないと不公平かもしれません。

 

選択の余地がないからです。高校以降は選択できます。大学も然り。

いろいろな学校の教育方針があり、どれが最適かを生徒が選べばいいのです。そしてダメな学校は淘汰されればいいわけです。

 

そして時代が激変したときに少数派の学校の人間が活躍する可能性があるから多様性を確保した学校が残っていることが重要なのです。

 

★今となっては幼稚な意見だなぁと思います。多様性が何なのか?あまり理解しないで言っていたからです。

 

今となっては多様性も勝者がいるからこそ、残された余裕のことであり、贅沢品であると言えます。

人文科学が残されているのも万が一のためであり、日本が勝ち組でまだ余力が残っているから、人文科学の研究費に回せるのです。

 

これが余力がなくなったら、理系1本になるでしょう。多様性とは脆いものなのです。

ではこの辺で。

 

5 クイズ問題。

最後に、読解問題を出します。「この記事で正しく表現されている文章は以下のどれか?全て答えなさい。正しい答えがない場合もあります」

1 「大企業が合う人もいるし、合わない人もいる」や「学校が役に立つかどうかは人によって違う」というのは決断を下していないだけだとちきりんは言う。

2 ちきりんが一番嫌う「AともいえるがBともいえる」が多いのが世の中であり、結論が一つに落ち着くことはあまりないのに、自分の意見はこれだ!と決めつけているちきりんは独善的だと僕は主張している。

3 一番いい答え方は正解の選択肢は「A、B、C、Dの4つあるが私はAを選ぶ」という発言であるが、さらにいい言い方は「AでもありBでもあるがAの確率のほうが高いということに過ぎない」というものだ。

4 教育の場合、多様性が大事で、学校それぞれで教育方針が異なっていていいが、義務教育の段階ではある程度、教育方針を統一しないと不公平であると述べている。

 

正解は正解記事に貼ります。

https://note.mu/generalisttake/n/n8240cfb59e29

 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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